9/18(金)に標題講座の第1回が行われた。
総合テーマや全3回の個別テーマは、以下でご確認頂きたい。
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1946310780&owner_id=3341406
講師；平野昭
今回10/9(金)は第2回目、プレリュードの変遷について学ぶ。
ミニコンサートは、ピアニスト石井園子による。
日本では「プレリュード」を単に「前奏曲」と訳しているが、プレリュードとは一体何か？なかなか難しい問題である。
��)プレリュード前史
フランス･バロックにおける、リュートやクラブサン(チェンパロ)に登場するPrélude non musure(プレリュード･ノン･ムジュレ)；
拍子や小節線、詳細で確定的記譜をしないプレリュード。
音楽の謂わば骨格が全音符と「〜(スラー)」で簡単に示されていて、奏者はそれを基に即興的演奏をする。
ルイ･クープランに最初期の例が見られる。
Toccata(トッカータ)も、同じように使われた例がある。
トッカータの語源は「トッカーレ」、「試し弾き」という意味。
後、「プレリュードとフーガ」や、「トッカータとフーガ」というように、似た使われ方をしていく。
��)古典組曲(同じ調による舞曲4〜5曲の連鎖)の最初に置かれる非舞曲プレリュード
��)プレリュードとフーガ；
一般に、2曲連鎖の主曲の前に置かれる。
��,�靴�J･S･バッハに多例あり。
チェンパロの為の有名な『フランス組曲』と『イギリス組曲』においては前者にプレリュードがなく、後者にプレリュードがある。
曲想にフランス風またはイギリス風という事は格別なく、タイトルの意味は判っていない。
以上から、プレリュードの性格は、
前に置かれる、という事と、
即興的に弾かれる、という事に集約されそうだ。
��)独立した小品形式としての「前奏曲」としてのプレリュード
その例
◆ショパン；
24の前奏曲op.28 (1836-39)
前奏曲嬰ハ短調op.45 (1841)
前述に反し、このプレリュードは後に何かが続く訳ではない。
プレリュードの性格･本質について改めて考えさせられる事になる。
ショパンはある程度書き溜めた小品を集め、その後、バッハの「平均律クラヴィーア曲集」(*)のコンセプトに似せて、24曲を全ての調を使用した前奏曲集とした。
(*)誤解を生む日本語タイトルだ。
バッハは「平均律」(1オクターブを均等な周波数で12分割する事)という言葉は使用していない。バッハのタイトルを直訳すれば「具合良く調律された」クラヴィア曲集というような意味。
平均律は、バッハの後、18世紀半ばで確立した。
ショパンの場合、概してエチュード曲の方が前奏曲より長い。
エチュード曲は、練習曲として技巧を学べる配慮をした上で、コンサートでも演奏に堪える芸術的仕上げになっている。
対して、前奏曲の方には、技巧練習的な意図を組み込んでいない。あくまで自由さを最重要ポイントにしている。
それに対し、バッハの平均律クラヴィーア曲集の前奏曲は、技巧習得を意図したものが多い。それは、この曲集の約半分が、長男の鍵盤練習用に作られたからだ。それらの初期稿は「ウィルヘルム･フリーデマン･バッハのためのクラヴィーア小曲集」に含まれている。
◆ドビュッシー；
12の前奏曲集第1集,第2集(計24曲) (1909-12)
ドビュッシーはショパンの前奏曲集に触発されてこれを作曲した。
ドビュッシーは1曲1曲に自身でタイトルを付けたが、原符ではそのタイトルは曲の一番最後に書いてある。曲の冒頭ではない。
最後に添えた意味は、個別タイトルに引き摺られる事のないように、というような事であろうか。無論、その曲は、タイトルの場所等で起きた事や見た事を表現したものでは全くない。
例えば、絵画を見た印象をそのタイトルに籠めた、というような。
平野昭に訊かれて、石井園子は「ちなみに僕はこう思ったんだけどね…」、というような、ドビュッシーの印象をタイトルとして添えたのだろう、と答えていた。
そういう意味では、演奏会のプログラム等で、例えば、第1集第8曲のタイトルを『亜麻色の髪の乙女』と前面に押し出してしまうのは、問題があるだろう。
標題音楽のように、そういう女性を表現しようとしたのではないからだ。
あくまで本来の前奏曲として、
幻想性、
即興性、
自由さを重視して演奏すべきである(また、聴くべきである)。
〈付記〉
ドビュッシーのピアノ曲には3段譜になっているもの(または部分)がよくある。
石井園子は、冗談だけれども、私には腕は3本しかない、と言っていた（笑）。
3段譜が意味するところは、例えばポリフォニックな声部の扱い等、作曲の意図がこの方が伝わり易い筈だ、そう思って、ドビュッシーは敢えてこう書いたのだろう。
勿論人間に腕は2本しかない訳で、その部分では、指使いやペダル使いを工夫し、ドビュッシーの意図が表現できるようにしなければならない。
◆フォーレ；
9つの前奏曲集op.103 (1910-13)
◆スクリャービン；
24の前奏曲集op.11 (1888-96)
5つの前奏曲op.15 (1895/96)
5つの前奏曲op.16 (1894/95)
7つの前奏曲op.17 (1895/96)
他に、4つの前奏曲がop.22,31,33,37の4セット。
2曲セット,5曲セットもあり。
最後のセットは、
5つの前奏曲op.74 (1914)
◆ラフマニノフ；
10の前奏曲集op.23 (1903)
13の前奏曲集op.32 (1910)
他に、5つの幻想小品集op.3の中に前奏曲が2曲あり。
全部で、合計24曲。
◆ショスタコーヴィチ；
24の練習曲集op.34 (1932/33)
24の前奏曲とフーガop.87 (1950/51)
ショスタコーヴィチの「前奏曲とフーガ」は収録が少ない。
当日平野は、ジャズピアニスト キース･ジャレットによるCDを試聴させてくれた。即興性の強さに、前奏曲らしさがよく出ていた。
ショスタコーヴィチのこの曲の大きな特徴は、プレリュードの主題をフーガで使用展開しているところ。バッハは、そういう試みはしていない。プレリュードとフーガ、それぞれ主題モチーフは全く別々である。
各作曲家の明細を見ると、24曲のセットになったものが多い。
それは、調が本来長調12、短調12あるからだ。音楽のベースは数学である。
全調を使用して、1つの曲集を完成させるという手法は、バッハを始めとして、多くの作曲家の心を動かすものらしい。響きが調によって微妙に変化していくところは、聴く者としても大変に面白い。
平野は調の5度圏円環図と5線譜を示して、バッハの24曲セット方法、ショパンのセット方法の違いについて説明した。
バッハは、ハ長調→ハ短調→嬰ハ長調→嬰ハ短調→ト長調→ト短調 と、同主調でスライドさせていく。
ショパンは、ハ長調→イ短調→ト長調→ホ短調→ニ長調→ロ短調と、平行長で#を増やしていく。勿論、ある所で♭に置き換わるのだが。
これについては、ここで微に入るのはやめておく。
〈付記〉
ショパンは、異名同音(エンハーモニック)による曲中転調を好んだ。
例えば『雨だれ』の名で親しまれている前奏曲op.28-15は、雨だれを示すと言う♭ラの持続音は、中間部で#ソに置き換わり、絶対音で言えば同じ音の筈だが、響きは♭5つの変ニ長調から#4つの嬰ハ短調に驚く程変化する。
これは、ベートーヴェンの『月光』名で親しまれているソナタ第14番op.27-2に影響を受けているだろう。この曲の第1楽章は嬰ハ短調で、途切れ目なく第2楽章変ニ長調に入るように指示されている。
〈ミニコンサート〉
・J･S･バッハ 平均律クラヴィーア曲集第1巻より
第8番変ホ短調 前奏曲
第19番イ長調 前奏曲
･F･ショパン 24の前奏曲集op.28より
第15番変ニ長調 『雨だれ』
・C･ドビュッシー 12の前奏曲集第1集より
第5曲 極めて中庸の速さで、溌剌と 『アナカプリの丘』
・A･スクリャービン 左手のための2つの小品op.9より
前奏曲
・S･ラフマニノフ 13の前奏曲集op.32より
第12番嬰ト短調
10の前奏曲集op.23より
第4番ニ長調
石井園子は次女と同じ先生についてピアノを学んでいたので、つい”園子ちゃん”と言ってしまう。
その後、東京藝大大学院修士修了、文化庁新進芸術家海外研修員として渡独、国際アントン･ルービンシュタイン音楽院を修了した。各賞を受賞し、今は日独で独奏と、オーケストラとの協演、室内楽に活動を拡げると同時に、東京藝大音楽部他で非常勤講師を務める等、後進の指導にも当っている。
小さな時から、発表会では、1音1音に籠めたものが他の生徒と違っていた。
それは今も同じだ。曲の頭で、指を鍵盤に落とそうとするその瞬間の全身の神経が張り詰めた感じ、そして、そこから生まれる1音の、濁りなく何と凛として核のある事か。
平野昭との対談も、自分の考えを明確に表現していた。単なる”ピアノ弾き”ではないと、その成長を感じさせた。
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