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2015年10月11日22:45

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薪能『頼政』〜その2

(続き)

10/7(水)第一夜については昨晩書いた。
今日は翌10/8(木)第二夜である。
概要は既に記した。

17:00開場〜18:00開演との事で、私は16:15には列に並んだ。先頭から10番目程。
チケットは前売りを買ってあるが、全て自由席なので、いい場所で観たいと思えば、早く列につくしかない。
時間が時間なので、サンドイッチと暖かいカフェラテをバッグに準備した。
そして、寒いかもしれないと、ダウンベストを念の為バッグに。

開場時間、空はまだ明るい。
今回は、本舞台の正面最前列の席に座った。友人達の席も隣に3つ取った。
一昨年は、橋掛り脇の席だった。橋掛り出入りは近くで見えるが、本舞台は斜め後ろから見る事になる。その時の印象では、本舞台上の演者が少し遠かった気がして、今回は本舞台の真ん前に席を占めた次第である。
(昨年は残念ながら雨で、講堂の中でやったのだった。)

開演迄に時間がある為、学生ラウンジに入り、暫時、用意した物で腹ごしらえをする。
その後、席に戻って待つうちに、空は次第に薄暮へと変化する。風も強まる。
この日は、北海道の東海上を温帯低気圧となった台風が通って、被害も出たと聞く。
風が体感温度を下げるので、早々とダウンベストをジャケットの中に着込む。
陽が落ちるにつれて、虫の鳴く音が強まるのが判る。

ライトが点き、本番が始まる。

◆最初は創作狂言『無限魚箱』

これを書いた左口歩は文芸大の卒業生である。何年卒かはパンフレットに書かれていないが、15年続けてきた薪能が、実際に実を付けたように思えて嬉しい。

監修 井上菊次郎
シテ 夢幻の老人/井上松次郎
アド 佐藤融 他

〈あらすじ〉
山奥に住む夫婦は海の幸を一度も食べた事がない。
妻に、寝てばかりいる日頃の仕事振りをけなされ、夫はたまには妻を驚かせてやろうと思い立つ。更なる山奥に仙人がいて、鯛や蟹等海の美味を毎日味わっていると聞いていたので、そこへ行って魚を貰ってこよう、と。
暗い夜の山道をどんどん登っていくと、老人に出会う。その老人こそ仙人で、彼が持っている「無限魚箱」からは、いくらでも魚が獲れるとの事。実は、その小さな箱の中に大海が納まっているというのだ。2人は、順に、その箱の中へ入っていく。
船に乗り、2人は次々魚を獲る。さて、では貝を獲ろうと男は海原に入る、と、フカが近付いてくるのが背びれで判る。
大慌てで乗り込もうとすると、船は引っくり返ってしまう。仙人は何処か雲隠れ。男は気を失う。
気付くと、男は家の庭で寝ていた。妻にまたさんざん叱られる。
夢だったのかとしょげていると、自分の濡れた両の袂からは、立派な鯛が出てきた。

真実が何かは判らない。計算できない幽玄の中にこそ、その真実があるのかもしれない。
この席からは、虫の音の中に、演者達の僅かな摺り足の音も聴こえる。

その後、仕舞3題。

ダウンベストを着ていても寒くなる。
受付で、携帯カイロを配っていたのを思い出し、休憩時間に貰いにいく。
揉みしだいて、それを背中に。

薪への「火入之儀」は、熊倉功夫ともう1人で行う。
実際は薪に火を点けるのでなく、プロパンガスである。
一番前だと、その辺りも判ってしまう。
熊倉がこの日のお礼と、『頼政』についてひと言。

◆能『頼政』

作 世阿弥

前シテ 老人(実は源頼政の亡霊)/梅若猶彦
ワキ 旅の僧/森常好
間狂言 井上松次郎
後シテ 頼政の亡霊/梅若猶彦

〈あらすじ〉
旅の僧が京都から奈良へと向かうある日中、宇治の里に着き、1人の老人に出会う。
僧が老人に宇治の名所を尋ねると、老人は平等院に導く。
僧は、扇の跡が庭に残るのを見て、老人にその訳を訊く。
老人は、嘗てこの土地で戦があり、源三位頼政がここに扇を敷いて自害したと話す。
そして、自分こそその頼政の幽霊であると言い、何処かへ消え去る。

夜になり、頼政の幽霊が再び現れ(前シテとは面も衣装も違う)、平家にやられた時の様子を語る。
即ち、高倉の宮(以仁王)に謀反を持ちかけ、それが平家に知られるところとなり、奈良南都の僧兵の力を頼りにすべく逃げ延びようとするが、途中で高倉の宮は6度も落馬する。疲れもあったのだろう。
平家の追手が近付いたのを知り、頼政等は宇治川に陣を張る。宇治橋の板を外し、平家に橋を渡れぬようにした。
しかし、平家は、田原又三郎忠綱が率いた馬勢300騎が川を渡ってくる。
合戦で頼みとする2人の息子も討ち死に、頼政は遂に諦め、平等院の庭に扇を敷き、辞世の歌を詠んで自害する。
頼政の幽霊は、回向を旅の僧に頼み、何処かへ消えてゆく。
霊は、僧の読経により、ここでようやく成仏できたのである。

この合戦における浄妙坊明秀と一来法師の戦い振りは、今も祇園祭の山に躍動的に再現されて、人々の人気を得ている。(熊倉功夫)

後シテの頼政の幽霊の面と衣装は、見事に金色に覆われている。この被り物は「頼政頭巾」と言われ、他の演目で決して着用される事はない。
その厳かで虚ろな視線が、冷たく吹きすさぶ風の中、最前列の私達と合う。
彼の本舞台床を幾度も打ち鳴らす音は、様々底知れぬハーモニーを聴かせ、陰々滅々として、夜の会場におどろおどろしく響き渡る。
場所がら、大学の外周をサイレンけたたましく救急車またはパトカーが幾度か通り過ぎるが、頼政の霊はそれに惑う事もない。
霊は静かに橋掛りを歩み、あの世へ吸い込まれていく。

源頼政は鵺(ぬえ)を退治した武人であり、歌の名手で風流人でもある。
鵺をシテにした作品も、世阿弥は書いている。

写真は中日新聞10/9朝刊記事。
この主人公は前シテの老人である。
 
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