すでに年中行事として定着した「フランク永井歌コンクール」が今年も開催される。
現在のど自慢の参加者を大募集中。ただし130名の先着応募者が決まり次第に締め切られる。
2011年の東日本震災があったときは開催地の宮城県大崎市松山も、会場の体育館をはじめ被害を受け開催を見送ったが、今年で7回目を迎える。一昨年まではフランク永井の誕生日である3月18日前後の土日に開催してきたが、昨年から秋の素晴らしい観光の季節10月に変えている。
歌手の名を冠した歌コンクールはこの「フランク永井歌コンクール」が初めてであり、いまだ他にそのような催しを聞かない。地元がフランク永井の果たした偉大な功績をたたえ、村おこしのテーマとして企画されたのが始まりときく。しかし、それをこのような形のすばらしい催しとして実現してしまうというのが、この街のすばらしいところである。
大崎市も協力して強力な実行委員会が毎年工夫をこらしている。
歌コンは、フランク永井の歌ったオリジナル曲を競う。演奏は申込者が用意し、申し込み時に提出する。アカペラでも可能かとは思うが、やはり演奏があればなおいいにちがいないのだが、演奏がある曲となるとそうとう制限される。それでも、ヒット曲を中心に30曲前後演奏があるので、のどに自慢の方はぜひとも申し込まれたらと思う。
130人の申込者は、大会前日の17日(土)に予選がある。予選で30組がしぼられ、翌日に決勝大会をおこなう。詳しくは、要綱がHPに公表されているので確認してほしい。
さて、宮城県大崎市松山というところについては、筆者も知識がほとんどない。歌コン会場の横に「フランク永井常設展示室」があり、その前には「おまえに」の歌碑が建立されている。この建物が松山歴史資料館である。ここに松山の歴史にかかわる資料が展示されているので、地域史に興味のある方は、展示室の隣の部屋なので訪れてほしい。
歌コンの会場は松山体育館だが、この一角は市の公共機関とともに、酒の蔵で有名な「一ノ蔵」のミュージアムの一角でもある。「一ノ蔵」は日本酒の好きな方ならおそらく皆ご存知かとおもう銘酒だ。実際に筆者も好んで口にするが辛口でここちよい。
また、偶然にも写真のようなレコードもあって、久しぶりに針を落としてみた。実際の町の歴史を知らないのだが、伊達仙台藩のことをテーマにした1970年NHK大河ドラマ「樅の木は残った」は印象深い。山本周五郎の「伊達騒動」だが、この舞台とも関係があるのだろうか。レコードは「樅の木だけが知っている」と、何とも意味深なのだ。船橋一郎という歌手が歌っている。
気になったのはB面の「松山の里」である。松山とはまさに松山なのではないか。
いずれも作詞秋月 信、作曲石 平三郎、編曲は「君恋し」の寺岡真三である。「松山の里」は及川清三の歌唱による。両曲とも民謡とはいえず、それでも曲には振付けがついている曲である。松山の方ならご存じなのではないかともおもわれるが、何せ50年近くも前のことなので忘れ去られているかもしれない。
そのようなことから、記録として取り合えてみた次第。歌詞は下記のようなものだ。
松山の里 及川清三歌唱 松若寿恵由振付
秋月 信作詞 石 平二郎作曲 寺岡真一編曲 ビクター・オーケストラ
一 志田(しだ)の松山 船岡と
結ぶえにしの 糸切れて
いとしの夫(つま)よ 甲斐さまと
女ごころの切なさに
紅葉も燃える 松山の里
二 我が子慕いて 後を追い
永遠(とわ)に眠りし 武士の母
雪はしとしと 樅の木に
つもる想い出 偲びつつ
優しく降るか 松山の里
三 鳴瀬の流れ 変わらねど
時の流れに 消えてゆく
人の運命(さだめ)の はかなさよ
羽黒の山の さくら花
散りて哀し 松山の里
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