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2014年02月15日20:37

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映画『鑑定士と顔のない依頼人』

シネマe-ra浜松で『鑑定士と顔のない依頼人』を観る。

主人公ヴァージル・オールドマンとはどんな男か、そこにこの映画の魅力も仕掛けも全て詰まっている。
そういう意味では、ヴァージルは絵のカンヴァスである。
素晴らしい絵画はその下地がよくできているものだ。
いろんな色を溶き交ぜて塗り、また、場合によっては上塗りの前に隠し色を潜ませ、日本画では裏に彩色したりもする。
トルナトーレは実にいい下地のカンヴァスを作り作り込んだ。そして、その上にこそ、思い切りいろんな男女(ひと癖もふた癖もある)を描き込む事ができる。

ヴァージルは初老の男、親は早くに死に、修道院で育てられたらしい。
美術品オークションを取り仕切るオークショニアであり、超一流の鑑定家でもある。
しかし、一種の人格破綻者でもあって、人間嫌い、能力のない男は見下す態度を隠さない。
当然心を許せる友人はおらず、孤独。
女性には愛憎が混ざる、殊に美しい女性には一種の怖れ(畏れ)を持っていて、近付く事も視線を合わせる事もできない。
無論、未婚。
その裏返しで、密かに女性肖像の名画蒐集に精を出す。
欲しい絵を手に入れる為には、オークショニアと鑑定家の名声を利用し、他人には覚られず暗々裏に我がものとする。
それによって財もなし、彼の隠し部屋の壁には、そんな肖像画の数々が掛っている。動かない女性に対する偏った愛。
嵩じた潔癖症で、いつも手袋をし、食事の時さえ外さない。

…これだけ下地ができていれば、後は何とでもできる。

ある日、知らない女性から電話で鑑定の依頼が入る、両親が死に、遺された美術品や家具工芸品の類一切を見て欲しいと。
ところが、女性は、いろんな理由をつけては、約束時に現れない。
それが重なり、無礼な応対と激昂するヴァージルだが、次第に現れないその女性に、その館にある物に魅了されていく。

オークショニアという仕事は、特殊な仕事だ。
しかも彼は鑑定家でもあるから、オークションに自分で都合のよい筋書を作りその通りに運営する事等何でもない。
事前にカタログを作り、紹介文,由来を書く、それも自分の作ったストーリーに沿ってやればいい。
オークションの場に来る男女(今は電話で、またネットで参加する人も多い)は、事前に彼の作ったカタログを見、資金力で勝負をかける。
この場で真贋を見極めようとする人等いない。
オークションの時間は短い。
オークショニアの手腕次第で値は吊り上がり(またはコントロールされ)、ものの数分で、誰に落ちるか決まってしまう。
ハンマーを打つのは彼に委ねられている。これは絶対の権限で、この場では神の雷に等しい。
彼の培ってきた信頼の上に成り立っているのは言う迄もないが、自分だけが正しく、また美術市場を作っているのは自分だという、独断と傲慢、隠された偏愛、そうしたものはここで肥大してきたのである。

そんな人物が、騙され始めると、坂を転げ落ちるように何処迄も深みにはまっていってしまう。
人を愛した事がない初老の男にとって、愛は芸術に勝る。肖像の名画は世界に何枚もあるが、壁の向こうから現れたクレアという呼吸し体温のある女性は世界に1人しかいない(筈だ)。
芸術品の真贋を見極めてきた男が、愛の真贋を見抜けるとは限らない。
哀れな男は、クレアの物語を真実にする為には、ついに自らを痴呆にするしかない。


監督・脚本 ジュゼッペ・トルナトーレ
撮影監督 ファビオ・ザマリオン
美術 マウリツィオ・サバティーニ
編集 マッシモ・クアッリア
音楽 エンニオ・モリコーネ

出演 ジェフリー・ラッシュ,シルヴィア・ホークス,ジム・スタージェス,ドナルド・サザーランド 他

受賞 ダヴィッド・ドナテッロ賞作品賞/監督賞他全5賞 他多数

2013年/伊
 
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