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2014年02月12日22:18

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映画『バベットの晩餐会』

友人に借りたDVD-Rで『バベットの晩餐会』を観る。
1987年に作られたデンマーク映画である。

19世紀後半、デンマークの辺境、貧しいユトランド、ここにプロテスタントの牧師と二人の姉妹が質素な暮らしを営んでいた。
二人には恋のチャンスも訪れるが、結局都会からやって来た恋人を選ぶ事はなく、父の手助けをしながらこの村で老いていく。
父が死ぬ。牧師の仕事全ては継げないが、自宅は昔から村の信者達の大事な集いの場である。

彼女達の家に、ある雨の夜、パリ・コミューンから逃げてきた女性バベットが訪れる。今は歌を捨ててパリに住む、昔恋人候補だったオペラ歌手の紹介だった。
バベットは、無給でいいからここで家政婦をさせてくれと頼む。
二人は承知し、バベットは屋根裏部屋に住む。
言葉も習慣も違うが、バベットはじき村に溶け込み、次第に一目置かれるようになる。

しばらくして、二人の父親の生誕100年記念の会が行われる事となった。
最近村の信者間の諍いが目立つ。二人は、友好を取り戻す機会としてこの会を活かしたいと内心思っていた。
バベットは会の料理一切を任せてくれと申し出る。

しかし、バベットの材料仕入れを見て、あまりの豪華さに、二人は畏れを抱く、これは分に過ぎる、神の教えに背くのではないかと。
二人は晩餐会に招く村人達と事前に相談した、会においては食事の誘惑に気を払い、間違っても味について話題にしない事。

晩餐会には、昔の恋人候補の士官、今は将軍も加わる事になる。
食事は素晴らしく、皆はその味と出来栄えに驚くが、打合せ通り、美味しいの一言も口にしない、将軍を除いて。
しかし、次第に人々は料理に心をほぐされ、村人達には友好と信頼の気持ちが戻ってくる。

会の後、二人は、バベットがパリの有名なレストランの料理長だった事を知る。
バベットが最近パリの宝籤に当たっていたのは、二人も晩餐会前に知っていた。
バベットはそれを頼りにパリに帰るのだろう、そう二人は思っていた。
しかし、驚く事にバベットは言う、賞金は一切を仕入れに使ってしまった、今後もここにいさせてくれ、と。

古い映画だからよかれと、物語の大筋を話してしまった。
たが、映画には、ここに書いていないキーがたくさん埋め込まれているのだ。
そのキーは、対立する事柄として現れている。

対立事項の一つは、宗教である。
デンマークの信教はプロテスタント、フランスはカトリックである。
プロテスタントの生活の教えは「清貧」、欲望に身を任せる事は厳禁である。厳格な信者は敢えて質素な食事をし、味わう事も欲望に負ける行為と考える。二人の父は、ルター派由来の牧師だった。

デンマークは、土地柄民族的には複雑である。ドイツ,スウェーデン,ノルウェーと領土を争ってきた。
デンマークから移住した人々が、ブリテン島に後のイングランドを作ったとも言われている。
バベットが料理長をしていたのは、パリに実在した名レストラン「カフェ・アングレ」(1802-1913)である。今は「トゥール・ダルジャン」がその味を継いでいる。
カフェ・アングレの名は、バルザックやフローベール、プルーストの小説にも出てくる。スタンダールも通った。
「アングレ」とは「イギリスの/イギリス式(風)の」という意味だ。

バベットはカトリックの国からプロテスタントの地に舞い降りてきた女性で、イギリス式カフェの料理長だった。
蛇足だが、イギリスの宗教は言う迄もなく英国教会。ローマ法王庁からは破門になったが、ヘンリー8世のご都合主義的な経緯であり、プロテスタントともカトリックとも言い難い側面を持っている。

繰り返しになるが、二人の元恋人候補、一人は都会で借金を作った士官、一人はパリで名の売れるオペラ歌手だった。
ここには、村と都会、そしてやはり宗教の対立関係がある。
恋人候補は共に村という共同体から弾き出された格好である。
清貧と享楽、無知や頑迷と芸術という図式ともとれるだろう。

オペラ歌手は、モーツァルトの『ドン・ジョヴァンニ』、ツェルリーナとのニ重唱「手を取り合って」を妹にレッスンしようとする。「誘惑のデュオ」とも言われる曲だ。
隣室に控える父親と姉は気が気でない。
モーツァルトの音楽は生の歓びに満ち溢れ、清貧を理想とする人々には危険この上ない甘美なメロディーと聞こえたに違いない。
妹も危険を察知し、レッスンの後、父に断わりの手紙を書いてもらう。妹は内心未練を感じているのだが、恋は結局成就しない。
ルターの讃美歌とモーツァルトのオペラ・ブッファはあまりに世界が違い過ぎる。これも対立項の一つだ。
余計だが、カフェ・アングレ実在のシェフ、アドルフ・デュグレイは「料理界のモーツァルト」と呼ばれた由。

監督(原作者)は、こんな風にして、たくさんの対立する図式をそれとなく撒き散らしている。

対立の状態の中で、バベットの料理はどう人々の心に映ったのだろうか。
パリ時代のバベットは、より美味しいものを味わう為には金を惜しまない顧客を相手に日々作品を提供(つまり自己実現)し、しかし、パリ・コミューンでそれらの客を全て失って、肉親も殺されユトランドに逃げ延びてきた。
村では、バベットはなかなか自己実現のチャンスがない。
芸術家が欲しいのは金ではない、何よりも自己実現の場だ。
オペラ歌手の言葉である、
「世界中で芸術家の心の叫びが聞こえる、私に至高の仕事をさせてくれ、と」。

述べた通り、彼女の仕事は、当初味わう事さえ拒否していた村人達の心の鎖を解く。
バベットは力の限りを尽くして客を歓ばせ、それによって自身も自己実現の歓びを得たのである。

晩餐会に招いた客は当初11人だったが、最終的には12人になる。
12という数は、言う迄もない使徒の数である。
最後の晩餐で、イエスは、パンを千切り与えて、それを自らの肉とし、ワインを与えて、それを自らの血とした。
バベットを、時代と土地を変えて降りてきた、やつし身の神と読む事もできるかもしれない。
招かれた村人は、その料理に心を解き、諍う事をやめたのである。


監督・脚本 ガブリエル・アクセル
原作 イサク・ディーネセン(カレン・ブリクセン)
撮影 ヘニング・クリスチャンセン
編集 フィン・ヘリクセン
音楽 ペア・ノアゴー

出演 ステファーヌ・オードラン,ビルギッテ・フェザースピール,ボディル・キェア,ジャン・フィリップ・ラフォン,グドマール・ヴィーヴェソン,ヤール・キューレ 他

受賞 アカデミー賞外国語映画賞

1987年/デンマーク
 
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