風は遮られ、張りつめた静寂の中で
私は巨大な穴の底にただひとり立ち
無数の眼差しと眩い光の焦点になっている
*
始まりは、雨上がりの緑濃い午後
葉漏れ日にかざすあなたの右手の白さ
私の胸は一瞬にしてはり裂け
体は沿道の木々に変異する
口をこぼれ落ちる生まれたての儚い震えが
湿った風に散々に吹き飛ばされる寸前、
あなたからシルクの風がそよぎ
青空からこまどりが舞い降りてくる
*
幾重もの季節の陽射しを受けて
ピアノとヴァイオリンの調べは
互いに離れては寄り添い
茂る芝生の上を舞い
林の木陰でたわむれ
小川の畔にたたずむ
澄みきった夜空に星々はまたたきだし
いつかのこまどりは
月のゆりかごに揺られ
穏やかな静けさの中で眠りにつく
*
赤く染まった雲間から
西陽が並木通りを抜けてとどいている
落ちる葉がまばたきをして
部屋のかべは静かにまぶたを閉じる
かろやかなピアノの調べはとぎれた
ヴァイオリンのかすれた声が吹き荒れ
降りやまない雪に陽はかげり
大地が凍る
*
春が再び訪れることはない
私はヴァイオリンを肩にのせて目を閉じる
弦に向けたこの弓を
強く深くひきおろす
遠ざかる草原
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