『お茶碗』

動かないと思われるお茶碗が
奇妙にも動くと仮定して
どのように動くかが、さて、問題です

文字のたくさん入ったどんぶりに
威勢よく右手を突っ込んで
鷲掴みでバラバラとテーブルに広げると
私に向かってキラキラと色目を使う
「つまらない物ですが」という建て前で
手前に擦り寄ってくる様子を
ニヤリ、と薄目をあけて見たあと
素早くひっ捕まえて、お茶碗に放り込む
隙間が出来たら、ジグソーパズルの要領で
でんぐり返って逆立ち歩きではめ込むと
ほうら、ここから先が見ものだね

足が生え、ランララランとスキップ踏んで
ピクニック、キャンプに山登り
日曜に、街へ出掛けてクレープ食って
クリスマスにはサンタになって空を飛ぶ
お盆には、帰って来てねと泣きじゃくり
宵の月影さやけきおりに
雲のいずこに茶碗のあらん

夜が明けて朝靄の中に立つ影は
まぎれもない、あの茶碗である
後ろ姿のあの人の顔を見る間もなく
すっくと立ち上がり
地を蹴り空へ泳ぎ出せば
にわかに大気圏外へ脱出すると
ケンタウロスの矢にかかり
大気圏に逆戻りして流れ星になる

莫大な数の願掛けにひるみながら
「まとめて叶えてやるよ」と呟いて
花びらのように地に向かって舞い降りる
あっ！と目を瞑った瞬間！

「お母さん、おかわり」と手渡され
心は温かテーブルの上
となりで汁椀がひとりでに動きだし
「動いた、動いた、」
お茶碗は動かなかったというのが
正解なのです