3/10(日)、浜松市美術館で開催されている柳澤紀子展を観に行く。
柳澤については直前迄殆ど知識を持っておらず、実物を観るのも今回が初めてだ。
彼女は浜松市出身の美術家で、現在は掛川市にアトリエを構え、今年74歳になる現在も旺盛な活動をしている。
メインはエッチング等の版画だが、最近はそれに様々な手法を加えたミクストメディアの大作を手掛けている。
東京藝大及び同大学院では油画科を専攻しており、現在は武蔵野美大の教授職にもある。
ニューヨークに1971〜75年、ロンドンに1995年滞在。世界各国での個展も数多い。
今回は「転生の渚」というサブタイトルを掲げ、市内の平野美術館と2館同時開催という仕掛けになっている。
ただ、固定的なイメージに縛られる事で「回顧展」と呼ばれるのはいやなようで、今現在も変化し続けているのだから、とは本人の弁。
私は浜松市美術館にのみ行ったのだが、ここでは、1998年から2012年迄の新しい作品が全51点並べられている。
平野美術館の展示を加えると、総数は110点になるとの事だ。
・会期 2/23〜3/31(両会場共)
当日を選んだのは、アーティストトークが行われると市美術館のHPにあったからで、初めての鑑賞チャンスとしては、本人の話が聴ける、これに優る機会はない。
トークは14:00〜、1時間弱。
私は、例によって、その前に全体像は把握しておきたいと、12:00過ぎには美術館に入った。
柳澤の版画への目覚めは、学生時代に観たゴーギャンの木版画『ノアノア』のシリーズからだという。
彼女の作品からも、象徴性の強いモチーフが繰り返し使われているのを見つけ出す事ができる。
首が書き込まれない肉体、それらは黒人である事、片翼を持つ事が多い。また、アンモナイト等の古代化石、美しい義足や義手、廃船、犬や狼他の動物、等々。
首がないと言ったが、それぞれのモチーフは、いつも全体像を描く事がなく、断片的で、ストーリーを拒否したような配置がなされている。
アーティストトークでは、こう言っていた。
・両極端のモチーフを使う事で、作品に力が生まれる。(私註；例えば上述の人と翼、そして廃船と火事、等。)
・予定調和は嫌い。
・人間の動き、彼が例えば落ちていくのか昇っていくのか、方向は定めていない。どちらで理解するのも、観客が想像力を働かせて頂ければよい。
絵のタイトルにはシリーズ性がある。
今回の浜松市美術館側の展覧会では、『水邊(すいへん)の庭』が15点。『Pathos(パトス)』が7点、『Luminous(ルミナス)』が9点、他。
最近のシリーズでは『Test Zone』が4点。そして、最も新しいのはまだ1点で、それがサブタイトルにもなった『転生の渚』。
「渚」とは、何かと何かが出会う場所であり、生命が生まれる場所でもある。「水邊」とも近い意味がありそうだ。
ただ、本人は、タイトルは記号のようなもの、それは意味があるとも言えるし、大して意味がないとも。タイトルが説明過剰にならないように、彼女は意識しているようだった。
『Test Zone』という題は、2006年頃から作品に付けられている。
「テスト・ゾーン」という言葉は、核実験や原子力発電所の危険区域を指す言葉として柳澤は使用している。
原発らしき建築物が遠景にあり、黒人の身体には、方やアンモナイトの化石が内在し、またDNAのような螺旋形が巻きついている。
このタイトルは、チェルノブイリから得ているらしく、彼女は実際ウクライナの現地も訪れている。
『Luminous』では、青や赤の水玉模様が人の肉体の周囲で、小から大へ(または大から小へ)うごめていいる。
これは肉体を突き抜ける放射線をイメージしているとの事。
そして、2012年にあの地震と原発事故がやってくる。
当初から使われていた廃船のモチーフも、今となっては津波を強く想わせる。
柳澤作品に予見性を指摘される由縁である。
名古屋ボストン美術館館長の馬場駿吉は、「行方が定まらず漂流する無人廃船のイメージは3.11の津波被害によって現実のものとなった恐ろしいほどの予見性」と評している。
ゴーギャンはタヒチに楽園を見ようとしたが、しかし、かの地においても老いや病や死は拭えず、彼は安住できない。「人間は何処へ行くのか？」
今や、地球上には、世界を幾度も壊滅させるだけの核兵器があり、守るべき国境等無意味となった。
使用済核燃料は日本だけで17,000tもあるのに、政府は知らぬ振りをするばかり。
地上に最も早く現れたアフリカの民達の頑健で美しい肉体も、分断され、片方のだけの翼は無残である。
しかし、逆説的だが、片方だけでも残されている事に、一縷の光を柳澤は見ているのかもしれない。その翼はいとも美しい。
写真1 今展ポスター(『転生の渚�機�(2012)の部分)
写真2 『水邊の庭�后�(2000)
写真3 『Test Zone�掘�(2013)
図録
『転生の渚 柳澤紀子』
執筆 馬場駿吉 他
編集 寺山祐策 他
発行 浜松市と平野美術館、2013年2/22
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