12/3(土)、岡崎市美術博物館で同日から開催される「村山槐多の全貌」展に行く。
1/29(日)迄やっているのだが、その日は記念講演会が14:00から予定されているという事もあり、どうせ行くなら、と、朝思い立つ。
9:30過ぎ、前夜来の雨を衝いて出発、東名高速を走らせる。
渋滞に遭わなければ1時間ちょっとで行ける筈だ。
槐多の展覧会はこれ迄も幾度か催されているが、間違いなく今度のが最大規模である。
そういう意味では、岡崎市美術博物館の執念と自負がよく表れたタイトルだ。
副題に「天才詩人画家22年の生涯！」、また、「その芸術の神髄と大作の謎？山本鼎との真実」とある。力が入っている。
それもそうだろう、ここの学芸員、村松和明の20年に及ぶ研究の成果が盛り込まれている。
元々、槐多は横浜の生まれとされていたが、実はこの岡崎であった事を実証したのも、彼である。
展示作品点数も、従来は約200点がマックスだったが、新発見も含め、250点を揃えた。関係資料を含めた総点数は370点にも届く。
この研究成果は、この日の講演会で採り上げられるし、詳細は、講談社から今月出版の運びとなっているそうだ。
10:30過ぎには、雨に煙る岡崎中央総合公園の丘の頂き、美術博物館のガラスのファサードの前に立った。
ネットから入手した割引券を示すと、1,000円が800円に。
14:00の講演前には、ひと通り観て食事もできるだろう、と高を括ったのが間違いだったが、その時はまだ知る由もない。
ここには、昨2010年5月、福富太郎コレクションによる「近代日本画にみる女性の美」展を観に来た。以下参照。
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1488190354&owner_id=3341406
その時と同様、館内はやや暗い照明でまとめられている。
しかし、1点1点の前に立つと、全く暗さは感じない。心を落ち着け、意識を集中して作品に向かえる良さがある。
ただ、もっと混み合うような展覧会になったらどうだろうか、そんな心配もないではない。
当日の客の総数はそれ程でもないが、知る人ぞ知る村山槐多、その展覧会の初日、しかも雨の中をやってきている人達の顔は、ちょっと違う、素人臭くないと言うのか、気が入っているとでも言うのか・・・。
館内のあちこちで挨拶し合う人もいて、根拠はないが、美術(館)の関係者やら、槐多(研究)の関係者やらも来ているのか、と思わせもした。
槐多作品には圧倒された。ぐいぐい本音で押し寄せてくる力を持っている。
技術的に言えば大した事はない、デッサンだって下手くそだ。
彼が世に出るのに援助を惜しまなかった従兄の画家山本鼎(かなえ)の方が、そうしたベーシックな面はずっと上だ。
14歳年上の鼎は東京美術学校西洋画科を卒業して渡仏してもいるが、槐多は絵画の正規の教育は受けていない。ただ、早熟で、中学時代からボードレールやランボー、マラルメやポーに心酔、デカダンに傾倒、小説や詩をものし、自己流で絵も描いた。
この展覧会では、鼎と槐多の関係をテーマの1つに据えていて、最終章は鼎の作品コーナーにしている。
ここで、チャプター構成を見ておこう。
�犠蓮Р�崎に生まれ、京都へ(1896/明治29〜1913/大正2)
�蕎蓮Р莢箸鮖屬靴鴇綉�、謎の大作と盛期(1914/大正3〜15/同4)
�珪蓮�大作の屈辱から野生への眼ざしへ〜アニマリズムの時代(1915/大正4〜16/同5)
�絃蓮Ъ採�、闘病の末、終焉の地、代々木へ(1917/大正6〜19/同7)
�江蓮Щ核榲�(1882/明治15〜1946/昭和21)
�犠呂任蓮�中学校の回覧誌に描いた水彩や小説原稿等を観る事ができる。
プリミティヴで直截的な強さ。動物や人物は、その特徴を鷲掴みにして、観る者に強く訴える。(写真1『猫』1911/15歳頃)
しかし、今回初公開、17歳頃とされる油彩『花瓶の花』(1913頃)等、急速な専門的進歩の跡が見られる。
面白いのは『ピンクのラブレター』なる原稿。級友(男子)への恋文である。美しいものに分け隔てを持たずに惚れ込む習性は、ずっと続いた。その級友の肖像画もある。
幼さと大人の側面が共存して、振幅が大きい。
13歳の詩は、芥川龍之介に賞賛されたそうだ。
�蕎呂任蓮�18歳の『紙風船をかぶれる自画像』(1914/写真2)等、自画像がいろんな描かれ方をしていて面白い。シュルレアリスムやフォーヴィスムを感じさせるもの。
中学卒業後、信州を経て東京に出る。二科展出品作品は横山大観に気に入られ、買い取りされた。
その後大作に取り組む事になるが、それが『日曜の遊び』(1914)と考えられる。
この作品にまつわる謎解きが、今展覧会のミソで、講演会のテーマでもある。
時間的には前後するが、ここで講演会の話題に寄り道しよう。
先に少し触れたように、概ね全体を観たところで、館内のレストランで昼食をとる事とした。12:00過ぎ頃だった。
13:00から講演会の整理券を配布するというので、その場所を確認すると、既に僅かだが人が並び始めている。私もここで列の後ろに並んでしまう事を考えたが、そうすると講演終了迄何も食べずに過ごす事になりかねない。急いでレストランへ。
Aランチ、タラのムニエル他、1,570円也。
もっと簡単なものにしたかったが、メニューに選択する程のバラエティがない。
デザートのケーキは、コーヒーで胃に流し込むような按配。
半ば駆けるように先程の場所へ戻ると、最後尾の所に立つ係員が、腕を私の方に挙げ、前の人を指して、定員70名となりました〜、と仰る。
こういう”定員”は大概緩いものとの認識があって、立見でいいですからお願いします、と、あくまで下手に。
ところが、メガネの女性係員は頑として聴かず、立見の余地はありません。
遠くから来たんです、今度は切々と情に訴える作戦に切り替えたが、これも全く功を奏さず。
私は愕然とした、何の為に今日慌てて出てきたんだか判らない事になっちまった！
メガネの係員は言う、講演の模様はホワイエのTVで見る事ができます(云々)。
講演てのはその場でないと伝わらないものがあるんだよな、等と内心思いつつ、やむを得ずホワイエの方へ歩き出す。、
しかし、諦めの悪い私は、もうひとつの可能性が頭に湧いて、列の1番前に出た。
そこでは、違う係員が、整理券を1枚ずつ配り始めている。整理券には、勿論、ナンバーが大きく印字されている。
私は、係員の手の中を注視した。
当たり前だが、列に並ぶ人が減るに連れて、1枚ずつ券も減っていく。
列の最終者に近くなって、66、67、68、69・・・、ここで人がいなくなった。係員の手の中には、70番の整理券が残っている。
つまり、最前の女性係員が列の員数のカウントを間違えたという事だ。
別に責めるつもりはない、動いている人間を数えるのはなかなか難しい事なのだ。
斯くて、ラストの70番券は、愛しい恋人のように、我が手の中に落ちてきた。
自分の迂闊の所為で、何とも冷や汗のコンメディア・デッラルテ(幕間劇)だった。
反省。
11月の上京時も然り、よくあっちこちで反省している・・・、これは誰にも聴かれないエムアイのモノローグである。
余計な事をくだくだ話した。
さて、当日の講演者である。
・基調講演「鼎のこと、槐多のこと」 信濃デッサン館館主；窪島誠一郎
・シンポジウム「謎の大作『日曜の遊び』をめぐって」 村山太郎(槐多の甥),岩手県立美術館館長；原田光,窪島誠一郎,岡崎市美術博物館学芸員；村松和明
信濃デッサン館からは、今回の展覧会の為に40点を貸し出している。
デッサン館は、槐多、同じく夭折の画家関根正二等の作品の為の、窪島の個人経営美術館。つまり、窪島の槐多への愛情がいっぱいに詰まった特別な美術館なのだ。
後から調べて判ったのだが、窪島は、作家水上勉の息子である。今年70歳。
彼個人の槐多(の画集)との出会いから話しは始まる。
「1人の人間(1冊の本)との出会いが、人の人生を決定する事がある。」
「絵を描くというのは特別な行為だ。文学等他の芸術は違うが、絵画だけは、描こうと思うもの(人物,自然etc.)を愛し込まないと、いい作品は描けない。絵は憎しみからは生まれない。文学は憎しみからも成立し得る。だから、言い方を換えれば、絵画作品というのは愛の濃密な時間の謂いでもある。
そうした経緯で、槐多も、男や女や、1本の木や、信濃の夕陽を、愛したのだ。」
涙が出る。奔放で、心の詰まった、魅力に溢れる話し。
「今回の展覧会は、素晴らしく充実している。岡崎市美術博物館(村松和明)の熱意と執念が伝わってくる。そして、それをさせたのは、槐多の魅力なのだ。」
こういう人だから、いくらペイしなくても、美術館経営を頑張ってやっているのだろう。
後から知ったが、2006年、経営難からデッサン館の閉鎖を発表したけれども、閉館しないで欲しいというファンや地元の人々の声に従い、2007年半年休館、その間に改修を施して、再オープンさせたのだそうだ。
涙あり笑いあり、窪島の槐多への愛が、ひしひしと伝わる素晴らしい講演だった。
シンポジウム以降は、また明日にでも。
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