エドゥアール・マネの続きから
『フォリー=ベルジェール劇場のバー』(1882)…鏡の前の現実と鏡に映る世界が、非対称で、現実的にはある筈のない構図になっている。男と女の会話(謂わば大都会パリの夜の束の間の愛とでもいうもの)の様を見せたいが為に、写実の禁を破り、見える世界を再構築した(美の再構築)。マネは、神話や歴史に興味はなく、現代生活だけを描いた。現代生活に現れる束の間の美。
(『鉄道』(1873)も全く同様。タイトルの機関車の実体は束の間に消え去り、描いているのは、女性と少女の風情や当時の衣服。)
鏡に映った男の本来の場所には、絵を観ている観客がいる。女と観客は必ず視線が合う。
『オランピア』(1866)…『草上の昼食』の2年後に描き、またまたスキャンダルに。(スキャンダルに続くスキャンダル、これもクールベと酷似。) →写真1
スキャンダルの訳；
当時迄の約束事として、ヌードは女神や歴史上の著名な人物を借りる事となっていた(*1)が、これは紛れもなく現実に生きている無名の娼婦。
“オランピア”というのは、当時娼婦がよく用いた源氏名。頸のチョーカーやサンダルもそれを証明。ひと仕事した後の如き、虚ろな目を観客の方に向ける。背後には黒人の召使いが、次の客のプレゼントであろう花束を持ってきている。
(*1)ヌードの系譜
・ティツィアーノ『ウルビーノのヴィーナス』(1538)と比較すると、マネの新味が判る。
理想化された肉体→現実的な裸体。犬→猫。白人→黒人。
・ベラスケス『鏡を見るヴィーナス』(1648頃)…女神を描いているという前提にして、生身の女性の実存感を表している。
・アングル『奴隷のいるオダリスク』(1839-40)…白い肌のオダリスクと黒人召使いの組合せ。
・カバネル『ヴィーナスの誕生』(1863)…『オランピア』と全く同時代のアカデミスム側の裸婦の典型。同時代の多様性を示す好例。アカデミスムはあくまで形が最重要。近代美術は形より色の重視へ。
理想化されたヴィーナスの肉体と物憂げな官能性→硬直した姿勢のオランピア。
サロンで賞賛、皇帝ナポレオン3世が高額で買い取った。
その後への影響
・セザンヌ『新しきオランピア』(1873-74)。他にも、ゴーガンの模写やピカソのパロディ等。
・マティス『大きな横たわる裸婦』(1935)…20c.を代表するヌード。
マネの『オランピア』は、以上の流れから、後世からは“視覚の革命”と称され、逆に“理想美は過去の遺物”と位置づけられるようになった。
ちなみに、『オランピア』のモデルは、『草上の昼食』『鉄道』も同様、マネのお気に入り、ヴィクトワール・ムーラン。
描法の特徴；
女のヌードは美しくあらねばいけない。しかし、この絵は当時の美的描法からは外れていた。
平面的な身体。伝統的な描法では、肌の色はそのままに、影で立体感(肉付き)を表した。しかし、マネの行き方は“もっと明るく”である。影を嫌ったマネは、色使いを変える事で立体感を出そうとした(*2)。それに世の人々の理解は付いて来なかった。
(*2)このやり方は、後の印象派の手法になっていく。
マネ自身は印象派展に参加しなかったが、新しい芸術の旗手として尊敬され、彼のアトリエには、モネ,ルノワール,ピサロ,ゾラ,マラルメ等、先進的な画家や文学者達が集まった。
この時代、アングルはまだ生きている。マネはアカデミスムからは酷評されたが、後、“近代絵画の父”と呼ばれるようになる。
(5)印象派/印象主義(1874-1890)
マネの影響、外光描写、イギリス風景画、ジャポニスム、等の要素が混じり合い、1860年頃から10数年かけて、明るく華やかな印象派が誕生する。
1870年代、色彩の視覚効果を捉えようとする動きが活発化し、1874年から、正式には「画家、彫刻家、版画家の匿名協会」(ソシエテ・アノニム)という名で、8回の展覧会が開かれた(カピュシーヌ大通りのナダール写真館にて)。
モネ,ピサロ,ドガ,ルノワール,セザンヌ,シスレー等若手30人が出品。
モネの第1回出品作品『印象、日の出』から、嘲笑的な意味で印象派という名が使われるようになった。
モットーは、
・明るい光の中、戸外での制作
・固有色の否定
・影から黒の追放
・筆触の並列
・色調の分割
等。マネは言う迄もなく、それ以前としては、ドラクロワ,ターナー,ベラスケスの影響が見られる。
・エドガー・ドガ(1834-1917)
貴族の血を引く家系。アングルの弟子となり古典主義手法でスタートするが転換、踊り子や騎手、パリの風俗といった近代生活を描くようになる。
印象派運動に参画するものの、戸外での制作はせず、人工的な照明を好んだ。為に“夜の印象派”と呼ばれる事も。パステルを多用した。晩年は視力の衰えから、彫刻へ。
一瞬の動作をストップ・モーションで捉えた作品が多い。
『ペレッリ家の肖像』(1856-60)…初期の古典主義的作品。
『オペラ座のオーケストラ』(1870)…人工的構図。写真や浮世絵からの影響。
『カフェにて』(1875-76)…アブサン(アプサント)を前に置いた見知らぬ男女2人。都会の孤独と倦怠感。トリミング構図。 →写真2
『エトワール(スター)、踊り子』(1876-77)…美しい運動の一瞬を表現。艶やかな世界の裏面も。パステルの光沢をバレリーナの衣服に利用。
『ファエウナンド・サーカスのララ嬢』(1879)…大胆な構図。下から見上げる視点。
『カフェ・コンセール・デ・ザンバサドゥール』(1876-77)…極端に圧縮された遠近法＝写真の応用。
2人の女流画家として、
・ベルト・モリゾ(1841-95)
コローやマネに師事。第1回印象派展から出品。
女性らしい視点で、母子像等の家庭的情景や風景を明るい色調で描いた、軽快なタッチはマネを想わせる。ジャポニスムの影響も。
『ゆりかご』(1872),『蝶々取り』(1874),『さくらんぼの木』(1891-93),『モリゾ夫人とその娘ポンティヨン夫人(読書)』(1869-70)等。
『さくらんぼの木』はルノワールの影響も見られる。
・メアリー・カサット(1845-1926)
米ペンシルヴェニア出身で、銀行家の娘、ヨーロッパに社交界を学びに遊学。画家を志す。ドガの仲介で印象派に参加。
親が彼女の作品を購入して援助とした。これによって、印象派絵画が米に流入するきっかけとなる。現在、印象派の作品は、世界で米に最もたくさん存在する。
繊細な愛情表現。浮世絵の影響。
『青い肘掛けいすの少女』(1878),『ポート遊び』(1893)等。
次回はモネから。
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