中島みゆきの新しいディスクが、11月続けて発売された。
1枚はシングル『愛だけを残せ』。
もう1枚はアルバム『DRAMA！』。
その2枚を聴く事ができた。
シングルの『愛だけを残せ』は、犬童一心が監督をした映画『ゼロの焦点』(原作；松本清張)の主題歌である。
coupling with 『闘りゃんせ』。
アルバム『DRAMA！』に収められているのは13曲。
前半は、杉原千畝を主人公としたミュージカル『SEMPO』の為に書かれたもの。
・・・『翼をあげて』『こどもの宝』『夜の色』『掌』『愛が私に命ずること』『NOW』
後半は、「夜会vol15~夜物語『元祖・今晩屋』」用に書かれたもの。
・・・『十二天』『らいしょらいしょ』『暦売りの歌』『百九番目の除夜の鐘』『幽霊交差点』『海に絵を描く』『天鏡』
当然ながら、前後半で、曲風は全く違う。
全曲について総花的につまみ食い発言をするつもりもない、何曲かピックアップしてみたい。
杉原千畝については誰もご存知だろう。千畝という人物、また行為の歴史的な価値、そんな、いわばリアルな世界を、みゆきの詩と音楽から追い駆けよう等という無粋な事は考えていない。ミュージカル『SEMPO』に書かれた曲だとしても、私はそれにのみ重心を置くのでなく、もう少し自由に感想はしたためさせてもらおうと思っている。
『こどもの宝』
「見覚えのある あの少年」とは誰だろうか。
“みゆきの少年時代”という言い方は勿論矛盾しているが、それを承知で、「あの少年」は、何十年か前のみゆき自身であるには違いない、と思う。
「遠い昔を抜け出して
私を知らずに 私にもたれて 遥か未来を眺めていた」その少年は、ある時「私を見上げる」。しかし、つい「私は目を逸らす」。
過去の、無垢だった少年のような自分が、今の自分を見つめる。私はその視線に耐えられない。
「あの子の宝はなんだろう」
今の私にはそれが何であるか言い当てる自信がない、自分の事であるにも関わらず。
彼に「教えてやれることは まだ無い」。
音楽的に見てみると、「まだ無い」とは連続して歌われない。
「まだ」と「無い」の間には半拍の休符がある。
その休符に、みゆきのためらいがあり、「無い」事の切なさが込められている。
「教えてやれる」日は一体いつ来るだろうか、ひょっとしたら、もうやって来ないのかもしれない。
その思いに「遠い昔を抜け出し」た少年に対する、永遠程の距離を感じてしまう。
この「少年」は『掌』でも姿を現す。
『掌』
「何んでも出来ると未来を誇っていたのは
小さな掌(てのひら)の少年の頃だけだった」
その掌からは、「わずかばかりの水でさえも」「わずかばかりの砂でさえも こぼれて」いった。
歳を経た少年は「掌」の小ささを知る。
「この掌で支える何かがあろうか
ひれ伏す地面に両の掌をつく以外に
この掌で守れる何かがあろうか
打たれる我が身を両の掌でかばう以外に」
勿論、この詩には、戦時下、リトアニア時代の千畝の思いや、ユダヤの少年の姿が重なる。
しかし、みゆき自身もそこにいるのだ。
「少年」の見つめる先で、無為に思う、
「私のやつれた掌に
陽射しよ まだ何か命ずるか」。
悲痛な叫びは、夕焼けの向こうにただ消えていく。
しかし、『NOW』では、みゆきは「過去と未来つなぐ」のは今しかない、「Right NOW」と歌う。
『NOW』
「希望よ何処 大地よ何処」とは、我等を導く希望はない、我等を抱き締める大地もない、と言うに等しい。
「闇と海の境に 瞳を凝らし続け」ても、遠い火は何の「灯りか」知れない、あるいは「敵の」。
「理想よ何処 地軸よ何処」、我等の立つ地は南か北か、西か東か判らない。
「我等は誰の僕(しもべ)か
我等は誰の主(あるじ)か」
少年も私も「我等」に括られ、政治的な場に身を置く事になる。
戦場では逡巡は許されない。
「煩いを捨て」、今、生き延びる為に何をするか。
音楽は、ピアニシモ、男声斉唱の単純さで始まり、女声が入り(僅かにみゆきの声が聞こえる)、楽器が加わり、みゆきのソロは2番も後半になってから。クレッシェンドは続き、「Right NOW」のみゆきの荒々しい声は、最強音をフェルマータして歌い切る。
想像ではあるが、ミュージカル『SEMPO』において、この曲が1つの山を築く事になるのだろう。
この後、世界は一転、いわば”和”の世界へ。
自由な遊びがきらめいて、地平線はぐんと広がり、面白い。
『十二天』は、みゆきのコスモス。1枚のCDの中で、世界をここで変える為のインテルメッツォ。
『らいしょらいしょ』
「らいしょ」とは、「前生(ぜんしょう)」そして「今生(こんじょう)」の次、「来生(らいしょう)」の事。みゆきは、それを「らいしょ」と詰めて語呂とリズムを重視し、古くからの数え唄のように頭韻を踏んで、ふざけ倒してみせる。
「来生 来生 前生から今見れば 来生」
「来生」は私利私欲は捨て仏の道に・・・等と人前で誓ってみせても、煩悩のままに生きている今「今生」も、実は「来生」だった事があった筈、と茶化している。全くその通りだ。
「彼方で見りゃ この此岸(しがん)も彼岸」、これも同意だが、こんな見方もあるかと驚く。今生がなければ、此岸がなければ、来生も彼岸もない。
宗教に縋ってみても、「何んとしょうかいな 何んともしょうまいな」、どうしたらいいだろうか、どうしようもないだろうなあ。（笑）
『暦売りの歌』は、そんなみゆきの輪廻転生感を、「暦」に託したもの。
でも深刻にならないで、と、暦売り(みゆきの創り出した職業だろう、こんな職があったらやってみたい)が、
「一生一度の一日を
総て良き日であるように」。
繰り返す心優しきリフレイン。
「暦」は、めくりめくって辿り着く、大晦日。『百九番目の除夜の鐘』。
F F F C C F F と同じ単純な音列のフレーズを、日めくりのように重ねていく。
言ってみれば、みゆきのお念仏、と捉えればいいだろう。（笑）
ビートルズにも『 Tomorrow never knows 』というお念仏があるのをご存知か。
「百九番目の除夜の鐘 鳴り止まなければどうなろうか
このまま明日になりもせず このまま来生になりもせず
百と八つの悲しみが いつまでたっても止みもせず
百九番目の除夜の鐘 鳴り止まなければどうなろうか」
諦観を通り越して狂騒の世界へ、いやどちらが先か後か知らぬが。
これは、みゆきの”平成ええじゃないか”とも。
次の『幽霊交差点』、前曲共に現実にはあり得ない世界を歌う。
あり得ない世界に、ロマンティシズムを感じ、期待もする感性は、望みなき現代に生きる者達のせめてもの救いか、その場限りではあるけれども。
「幽霊交差点を お忘れですか
何度も遭いたくて 誰かが招く」
みゆきには『ミラージュ･ホテル』という、名作が過去にある。
「そんなホテルがどこにあるのか 誰も確かに見た人がない」
「その鍵はありえない部屋の番号」
あり得ない世界と言えば、次の『海に絵を描く』もそう。
はかないものに対する愛おしさややるせなさが、波のように満ちて引く。
「海に絵を描く」事、「絵具は涙」である事、行為も材料もはかなく、今や跡形もない。
最後の『天鏡』では、「失くしてから気が付く愛しさ」ともある。
何か確固としたものに辿り着きたい思いはあるが、”天の鏡”を「涙を湛えた 瞳だ」とし、「人の手には触れることの叶わぬもの」として、”地の人”には辿り着けないままアルバムは閉じられる。
”地の人”は、タイトルである”天の鏡”の対句である。勿論中島みゆきの言葉ではない、地べたに這いつくばるばかりの私のはかない吐息である。
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