シネマe-raで『幸せはシャンソニア劇場から』を観る。
2004年の『コーラス』は大変いい映画だったが、その製作,監督,脚本,出演等のメンバーが集まって作ったのがこの映画で、これもフランスで大変売れたようだ。
原題は『フォーブール36』。フォーブール36番地という事か。
フォーブールを固有名詞のように扱っているが、faubourgというのは、下町という意味の普通名詞でもあるらしい。
冒頭、主役のピゴワル(ミュージックホール”シャンソニア劇場”の裏方/ジェラール･ジュニョ)が警察の尋問に答えていう。
警部「フォーブール(下町)って何処の?」
ピゴワール「フォーブールはフォーブールだ。他の何処でもない。」
(実際にはフランスに存在しない、架空の町名であるらしい。)
自分の町に対する自信と誇りに満ちた言葉だ。
現代に生きる我々が吐ける言葉だろうか。
それにしても、警察に捕まって尋問されるジェラール･ジュニョ程、似合わないものもない。どうしてあんな人のいい彼がこんな目に遭うのか。最初から、観客は映画に惹き込まれる。巧い出だしだ。
映画は郷愁に満ち満ちている。
しかし、自分が育った町、時代、それらが時間として距離として遠ければ郷愁を感ずるというものでもないだろう。
時代は1936年のパリ。(フォーブール36の36は、当然ここからきている。)
1929年にニューヨーク発の大恐慌が起こり、1933年にはドイツでヒトラーの政権が生まれている。パリも不況のさ中にある。
決して善き時代ではない、生きていきにくい時代に入り込んでいく、そんな時だっただろう。
しかし、少なくとも人々が孤立していない時代だった。
町という単位、彼の職場であるミュージックホールという単位、そんな小さな単位で、人と人が協力し、自分のありかを感じ、充足のある時代であった事だろう。”人と人”というのは、隣人との事、友人との事、家族の事。そこに絆があって、心を許せる安心とささやかな充足があった。
そして、それらが、自分の身の回りに"今は存在せず"、"もはや取り戻せない”感が強いからこそ、郷愁を感じるのだと思う。
ユトリロが描いたようなパリの裏町、そこにシャンソニアという小さな劇場がある。
歌があり、物真似があり、コミック芸があり。
そんなミュージックホールが、どんな町にも必ず1つはあり、町の人々は毎週そこに通い、一緒に泣き笑い歌う社交の場だった。それは町毎、その町の人々の経済状況に合致したもので、つまりその出演者や経営者だけでなく、町の人々によって成立している劇場だったとも言える。
そんな町の劇場が、不況に耐えず倒産する。
出演者も裏方も職を失い、たちまち困窮する。ピゴワルは、気力も失い、ワイン漬けとなり、子供の親権も、出て行った妻に剥奪される。
愛する子ともう一度暮したい、その一途な気持ちから、シャンソニア劇場の再建を仲間達と一緒に目指す事となる。
その努力、失敗、別離、裏切り、様々な困難を経ながら、再生と愛を”取り戻す”、昔子供だった大人のおとぎ話である。
おとぎ話の中身を話すような興醒めはやめておこう。
何故ピゴワルが警察に捕まるのか、それも、映画をご覧あれ。
あなたがこの映画から郷愁に涙するとしたら、あなたにも、取り戻したくとももはや取り戻せない何かがあり、それの放つ光が、あなたの心を締め付けるからだろう。
監督クリストフ･バラティエのインタヴューによると、パリの下町、フォーブールの町並みや景色は、殆どパリで撮ってはいないとの事である。
監督･脚本 クリストフ･バラティエ
製作 ジャック･ペラン
脚本 ジュリアン･ラブノー(共同)
撮影 トム･スターン
音楽 ラインハルト･ワーグナー
出演 ジェラール･ジュニョ,クロヴィス･コルニアック,カド･メラッド,ノラ･アルネゼデール他
2008年仏独チェコ合作
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