山田 宗樹 (著)
例えば、サイコロを振って三回連続で�,量椶�出たとします。
確率を計算すると、1/6×1/6×1/6=1/216 で約二百分の一ということになります。
どうですか?
まあ、ありえない確率じゃないですよね、無邪気に奇跡と喜べる範囲。
じゃあ、十回連続なら?
えぇーーと、、、1/6の十乗なんで、、、1/60466176ッ!!六千万分の一です。
これはもう素直に納得できる確率じゃありません。
明らかに何者かが、サイコロに細工をしていると考えるのが妥当でしょう。
「この世界は誰が創ったのか」
有史以来、人類が問い続けてきた謎。
宇宙に輝く我らが地球は、それこそ天文学的な確率で生物に都合がよい環境が整っています。
これはビッグバン以降、宇宙が無限ともいえる試行回数を繰り返して、偶然が重なってできたものなのか?
そりゃ六千万回もサイコロを振れば、十回連続で�,量椶�出ることもあるかもしれない。
かもしれないけど、でもやっぱり何者かが確率を弄ってると考える方が合理的じゃないでしょうか。
何者か、、、そりゃ平たく言えば、、、“神”ということになってしまうんですが、、、
再び例えば、水槽の中のグッピーを想像してみてください。
グッピーからしてみれば、この水槽こそ世界の全て、飼い主はまさに神にも等しい存在。
でもグッピーたちは日々呑気に泳ぎ回り餌を食むのみ。神である飼い主を認識することはありません。
俺たちがグッピーだとしたら?この世界が水槽の中だとしたら?
そしてある日突然グッピーが覚醒して、神である飼い主を認識したとしたら?
我々人類は、未だ人間以上の高次元生命体とは接触していません。
人類の文明を遥かに超越した、想像もできないような高次元の存在と相対したとき、果たして我々は正気を保っていられるのでしょうか?
物理学や数学を駆使して、必死に〈神〉との意思疎通を試みる学者たち。
宗教に縋り、ひたすら心の平穏を得ようとする者たち。
呆然と立ち尽くす者、自暴自棄になり喚き散らす者。
今作では様々な〈神〉との向き合い方が描かれますが、貴方ならどうしますか?
△▼△▼△▼これよりネタバレ注意△▼△▼△▼
俺はね、変化なし今まで通り。
だって、どうしようもないことを悩んでも仕方ないじゃん。
神様が観てるからって、殊更人に親切にしようとか全然ありません。勿論意地悪もせんけど。
どうやら、善悪の概念とか人類の常識が全く通用しないみたい。何せホラ、十次元の住人らしいから。
一次元が線でしょ、二次元が面で、三次元が空間と。四次元が時間だっけ、、、じゅう?十ッ???
十次元って、マジ勘弁して下さいよぉ〜〜
相手が〈神〉っつーことで、どうすることもできずお話自体もマッタリ推移。
それでいて、物理学や数学の超難解理論で〈神〉との対話?が解り易く物語に落とし込まれており、サクサク読み進められます。
〈神〉の気まぐれで世界が崩壊するかもしれない。それでも生きていくしかないんです。
まあ、そうですよね、実際それしかないし。
「人事を尽くして天命を待つ」
小説なんで紆余曲折盛り込んでますが、結局この諦観に辿り着くしかありません。
根本的に問題は何も解決していないにもかかわらず、やるだけのことはやったんだからと、心地よい不思議な余韻が残ります。
そうね、案外〈神〉だけじゃなくて、〈人生〉もこの戦法でイケんじゃね?
それにしても、すっかりSF作家ですね山田先生。もう「嫌われ松子」みたいな作品は執筆なされないんでしょうか?
ゴリゴリの人間ドラマも好きだけどなぁ〜〜
平城アキラ (著)って、これぞまさに神話
★★★☆☆
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