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2022年10月09日11:35

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356冊目『太平洋食堂』

柳広司著

題材は「幸徳事件」
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B9%B8%E5%BE%B3%E4%BA%8B%E4%BB%B6
主人公「大石誠之助」の飄々としたキャラクターと、舞台である和歌山県新宮市の美しい自然描写に癒されますが、非常に陰鬱な話なので筆が重い重い。

それこそ感じたこと・考えたこと・言いたいことは山ほどあれど、ココを読む人に誤解なく的確に文章で伝えられるかどうか甚だ自信がありません。
加えてネット上の書評を散見するに絶賛の嵐。
しかし大勢に阿って自説を曲げたとなれば、誠之助にも顔向け出来ません。
いつも通り感じたことを正直に書かせてもらうだけです。

大石誠之助の物語というよりは、柳先生の思想書という印象。
自分たちが正しいという価値観の押し付け、おそらく真実もこうであったに違いないという検証を超えた断定、意見を異にする人たちへの激しい対立姿勢を強く感じます。
恥ずかしながら今作を読むまで、大石誠之助の存在も大逆事件のことも全く知りませんでした。
だからこそ今作一冊をもって、「幸徳事件」を理解した気になるのは危険と感じましたし、明治政府許すまじという熱意がこもった書評を見るにつけ、簡単に人の感情を怒りに導けることに仄かとはいえ空恐ろしさの様なものを覚えました。

おまえは国家権力の暴走を擁護するのかッ!!

違います、断じて違います。
大石誠之助や幸徳秋水と一緒、多種多様な意見が自由に言い合える環境、これを絶対に守らなければならないという信条は一緒。
社会主義を標榜するのも、批判するのも、今作に感動するのも、柳先生の断定に拒否感を示すのも、他人に危害を加えない限り自由ということです。
揺るぎない結論として、明治政府の言論弾圧は絶対に許されるものではありません。
だからといって、史実を単純な善悪二元論に落とし込むことが果たして正解なのでしょうか?
何故、「社会主義」が弾圧されたのか。
何故、「大逆事件」が起きてしまったのか。
何故、国家権力は暴走してしまうのか。
あいつ許さねぇと心で感じるのは自由、しかしその後で何故あいつがその行動に出たのかを頭で冷静に考えるべきです。

正直、作中に散りばめらた「社会主義」や「アナキズム」というパワーワードにアレルギー反応を起こしている感は否めず。
あれほど価値観の押し付けを否定しておきながら、私の中にも厳然と偏見が存在するという事実には真摯に向き合わなければなりません。
只一つ言えることは、他人が大切にしているものには敬意を払った方が良いということ。
反対や批判は自由、しかしそこに皮肉ならまだしも、揶揄や侮辱が含まれてくると途端にややこしいことになってしまいます。
敬意は強制されるべきものではありませんが、話し合いを円滑に進めるためには重要なことではないでしょうか。
作中取り沙汰される天皇制、日の丸君が代問題然り、直近だとひろゆきさんの辺野古座り込み騒動など。
わざわざ相手を怒らせる炎上商法みたいなやり方はどうしても好きになれません。

わざわざついでにもう一つ。
貧しい人々に手を差し伸べるのは素晴らしいことです。
これに異論がある人は殆どいないでしょう、私も大賛成。
しかしわざわざ富裕層と対立する必要はないと思うのですが。
作中悉く資本家は悪として描かれ、医者である誠之助も富裕層には数倍の治療費をふっかけてます。
日本人のお金を儲けることへのこの嫌悪感は一体何処からやってくるのか。
民主主義が完全に機能していない明治後期と現在を比べるのも強引ですが、どうせあくどく儲けてるんだから持ってる奴から分捕ればいいという考えが少なからず燻っているのは残念な限り。
先程あらゆる意見が自由に発言出来るべきと述べたばかりですから、上記の様な意見も勿論自由なんですが。
誤解を恐れず言わせてもらうならば、この世の全てを平等にすることは不可能ですし、また目指すべきでもないとも考えます。
日々を漫然と過ごしている人間と、懸命に生きている人間とで人生に差が出るのは当たり前のこと。
新しい事業を思い付く才能や必死に儲かる方法を模索する努力に、何もしてない人間がタダ乗りさせろというのは虫が良すぎる話かと。

誠之助たちが批判していたのは、労働者を搾取し暴利を貪る資本家たちでしたが、この格差を利用して富裕層と貧困層の分断を煽り、社会に不平不満をばら撒いて憎しみを植え付けようとする輩が見受けられるのもこれまた事実。
明治後期じゃなくて今、小説じゃなくて現実の話です。
ブラック企業や外国人技能実習制度など人権を無視した過度な拝金主義は断固糾弾されるべきですが、才能や努力に寄生する社会も目指すべきではない。
妬み嫉み怒りという負の感情を増幅させ現状を打破しようとする試みは、安易で即効性がありますが、その分反動が大きい。
もっと良いやり方が絶対にあるはずです。

穿った言い方をさせてもらうと、本当に貧困問題を解決しようとするならば、社会主義を標榜し政治を変革させていくよりも、ビジネスで成功しその巨万の富をもって直接貧困層を救済したほうがより現実的ではないでしょうか。
言論の自由が保障され誰もが社会主義を啓蒙出来る現在においても百年前同様、その主張は今一つ人々に響いていません。
もし大石誠之助や幸徳秋水が明治ではなく今、この令和の世に生きていたとしたら、果たして閉塞感漂う日本を救うことが出来るでしょうか。
世の億万長者たちは未だ貧困の根絶に本腰を入れてはいません。しかし明治後期に比べれば遥かに意識は高まってきていると感じます。
そこに一筋の光明を見出しているんですが、甘いですかね?


楽しく西洋料理作る話が読みたかった
★★☆☆☆
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