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2022年03月24日15:54

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西洋絵画 巨匠たちのダメ!?対決 レオナルドVSミケランジェロ 

NHK文化センター主催の山田五郎氏の西洋絵画講座。
昨夏にも2000年の西洋絵画の流れを学ぶ、という120分の講座を受講してすごく面白かったので、また受講を申し込みました。
今回はレオナルド・ダ・ヴィンチとミケランジェロというルネサンスの巨匠ふたりに焦点をあててのお話。以下、当日のわたしのメモをもとに概要を書き起こしています。


実はまったく同じ話を東京の青山で2日前にやったんです。この会場にそれを聴かれたかたはおられんやろから(笑)、きょうはその大阪弁バージョンで・・

1504年に書かれた文書にその年、フィレンツェでレオナルドがミケランジェロに会い、ダンテの「神曲」について質問したら、ミケランジェロが「オレに答えさすな!自分で答えろ!」と怒ったという話が書かれています。あとで詳しく話しますが、お前はデッサンだけ描いてその銅像はひとに作らせたやんか、というのがミケランジェロの気持ちだったようでミケランジェロはレオナルドより23歳も年下にもかかわらず、そんな対応をしています。

キャラクターを一言でいえばレオナルドは温厚で万能、ミケランジェロは頑固な職人タイプ。
(ここから、まずレオナルド・ダ・ヴィンチのお話です)

みなさん、レオナルド・ダ・ヴィンチ、といえば作品は何がありますか?
「モナリザ」。
そう、モナリザですね。あとは? (「最後の晩餐」「岩窟の聖母」「受胎告知」などが会場から上がる)。
この会場はみなさんけっこう美術に関心ある方々だから複数上がるけど、ふつう「モナリザ」しか出てこない。
彼って、名前は有名だけど、ほぼモナリザ一発屋なんですよ(会場爆笑)。
当時の画家は、ローマ教皇の注文でバチカンに絵を描くことが一番名誉なんだけど、レオナルドにはそれがない。油絵は11点しかない。
20歳で独立して、67歳で没してるわりにはなんで少ないかと言うと、注文がないから(笑)。
だって、レオナルドに注文しても完成しない、納品しない、言ったとおりに描いてくれない・・完璧主義者なのに飽きっぽい。未完の作品がやたら多いです。

彼の父は公証人、母は小作農の子で、レオナルドは庶子、今で言う婚外子でした。それで学校に行っていない。当時の公文書のラテン語が出来なかった。それが彼の生涯のコンプレックスでした。
左利きのレオナルドの「鏡文字」は有名ですが、あれは単に矯正されなかっただけ、という説もあります。

小さい頃から絵がうまかったので、1466年、ヴェロッキオ工房に入ります。
ここで描かれた「ダヴィデ像」はレオナルドがモデルとも言われ、20歳の頃同性愛ではないかと言われたり。
この頃はテンペラー調合する、という意味ですがーの技法です。卵と油を混ぜる・・・と、どうなるか(会場から、マヨネーズ、の声)。そう、マヨネーズなんですよ。
15世紀の初めにフランドル地方で油絵の技法が確立され、イタリアにも入ってきます。レオナルドはこれを早速取り入れています。
テンペラより、油絵は薄く伸ばせる。
レオナルドは、薄く塗り重ねたり、描き直すのが大好きなんですよ。

20歳で独立したけどカネがない。
ヴェロッキオ工房から下請け仕事を回してもらう。
その回してもらったのが「受胎告知」。
大きな仕事が来ないので、肖像画を受けるしかなかった。モナリザもそうですが、少し斜め向きの「4分の3正面」、この角度が一番キレイに見えます。

西洋の画家にとって一番エラいのは、歴史画を描くこと。
つまりは、ギリシャ・ローマ神話、聖書です。
日本でもかつてはそうだったでしょ?日本画家は中国の題材、たとえば寒山拾得なんかをよく描きました。

フィレンツェでは東方三博士の祭りを、1月6日に大々的にやります。
(ここで同じ画題の「東方三博士」のボッティチェリ、ペルジーノの絵が映し出される)。レオナルドの「東方三博士」は、人物が一列に並ぶのでなく三角形の構図です。
しかし、構図が大胆過ぎて、未完になったとも。
レオナルドって、ここ一番でいらんことをする人(笑)。
食えないので、宮廷(ミラノ公)に仕えようと、いわば現代の「エントリーシート」を出します。いわく、
要塞も作ります、戦車も作ります、そして最後に絵も描きます! という具合。

意外かもしれませんが、当時の画家はなんでもやるのが普通。
レオナルドは万能の天才、とか言われますが、当時は築城、インテリア、パーティー立案とかまで手掛けてた。
フランスや神聖ローマ帝国が近くにいるから、軍事をやるのが就職に有利なんです。
レオナルドの一番の仕事は、結婚式の演出。楽器も得意だった。

でも、彼はアイディアばっかりで、実現しない。飛行機の実験もやってるけど。
もう、実際に作んないほうがいいんです、作ってしまうとダメなのがバレてしまうから。
ミラノはフランスに負けてしまいます。
レオナルドの作品がルーブル美術館に結構あるのは、食えなくてフランスに行ったからなんです。

レオナルドって、注文した絵が「いつになったら上がるねん!?」と注文主に怒られ、さらに注文通りの絵になっていないと「岩窟の聖母」は、20年も裁判をおこされてモメます。

そんなレオナルドのところにミラノ公直々の仕事が来ます。修道院の食堂の壁に描いてもらう、という依頼。そう、「最後の晩餐」。
壁画って、古代からフレスコ画です。
漆喰を塗って、半乾きのときに顔料を塗る。漆喰が定着剤になるんです。だから塗り重ねはしにくい。
でもレオナルドはテンペラと油絵で描いてしまった。
結果、湿気の多い食堂なのでカビる。
今は修復してだいぶ綺麗になりましたが、僕が若い頃、美術史を勉強していた当時はカビて、黒ずんでいました。

フランスがミラノに攻めてきて、占領されると、レオナルドはヴェネツィア経由でフィレンツェに帰ります。
1502年にチェーザレ・ボルジアの軍事顧問に。
翌年、フィレンツェから仕事をもらい、アンギアーリの戦いを描く予定でしたが、これも未完成。
その一方でミケランジェロは「カッシーナの戦い」、「ピエタ」「ダヴィデ像」を完成させています。

この時代に注文を受けたのがモナリザ。
モナリザって、どれだけ絵を拡大してみても、境目のないグラデーションなんです。これはぼやかし(スフマート)と言います。
30回ぐらい塗り重ねていますが、油絵の欠点は乾くのに時間がかかること。

オーバースペック、商品ではできないことをやってしまった。
だからレオナルドが売れなかったからこそ、できたこと。
売れなかったからこそ、モナリザが出来た。
でも、もっとマジメにやってくれはったら・・・と思いますね。


残りの時間はミケランジェロについて。
(後半もつづく・・・予定 (;´∀`) )。
(3月19日 梅田阪急ビルオフィスタワー17階)
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