島本理生著
超久々の官能小説。
少しばかり無神経だけど優しい夫と可愛い娘。
義理の両親とは同居だが、姑も気遣ってくれている。
絵に描いた様な幸せな家庭だった。
友人の結婚式でかつての愛人と再会するまでは、、、
女性作家による女性のための官能小説。
当然ゴリゴリのオッサンには受け入れ難い要素満載。
主人公「塔子」のあまりの身勝手さに終始ムカムカしっぱなし。
過去キャラクターに嫌悪感を抱いたり、展開にイライラすることはしょっちゅうあったけど、小説読んでてブチ切れたの初めて。
「何なのコイツッ??家族が可哀想だろッ!!」
、、、、、、ッ!?!?
これはつまり、、、それだけ、、、この作品に感情移入しているということでは、、、
この事実に気付いた瞬間、急速に面白みが増すというね。
♪男と女の間には深くて暗い川がある♪
なんて言いますけど、まあね、結局いつもの結論に導かれるわけで。
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三百冊超小説を読んできて、俺なりに辿り着いた真理が二つ
【意思伝達は言語で明確に】
態度や仕草、雰囲気から察してくれはコミュニケーションの怠慢である
【他人に自分の価値観を押し付けない】
どんなに素晴らしい意見でも強要した時点から諍いが始まってしまう
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またこれかッ!ってスイマセン、またこれです。
そうなんです、たとえ愛し合っている夫婦とはいえ、否、長年連れ添う夫婦だからこそこの真理は絶対なんです。
勿論これさえも越える究極の人間関係、何も言わずとも目を見れば解り合えるみたいな境地もありますけど、そのレベルに達する人って極僅かでしょ。
かつては俺も日本における察しの文化に非常に好意的だったんですが、最近はこれこそが諸悪の根源なのでは?と思い始めましたよ。
「そんなこと言わなくても解るだろう、察してくれよ」←兎に角コレが超曲者。
それから相手に対する過度な気遣いも。
「私がこんなに気を遣ってるのに、どうして貴方は解ってくれないの?」←こうなったらもう最悪です。
だからこそ恥ずかしがらず面倒臭がらず、雰囲気や仕草だけではなくちゃんとした言葉で相手に自分の意思を伝えなければならないんです。
それこそがコミュニケーションなんですから。
日常の些細な不満、夫の無神経な一言にイラッとしたり、義理の両親への気遣いに疲れたり、一人の女性から妻、そして母へと立場が変化していく微妙な心境に全く寄り添ってくれなかったり。
解る解りますよその気持ち、俺にも痛いほど伝わって来ました。
何故ならば、読者として文章で貴女の心境を直接読ませてもらってるから。
なんで旦那にも言葉で説明してやらない?男なんて皆鈍感で馬鹿なんだから言葉で説明してあげないと解りません。
真面目で優しい男ってモテないですよね。
そっちに言わせれば真面目で優しい“だけ”の男だっけ?
いやぁこのね、誠実さが不当に評価される世の中って間違っとると思うんですけど。
真面目さと優しさなんて、人が付き合って行く上で一番重要な要素だと思いますけどね。
真面目で優しいだけの男はつまらないと、自分から危険な香りのする男の方に寄っていきながら散々翻弄された挙げ句、どうして?どうして私は幸せになれないの?って、アホっかっつーのッ!!
それが女心?全然解らん、道理で俺がモテないわけだわ(哀)
そうなんです、未婚でモテないオッサンが女性作家の官能小説をあーだこーだ批評するっつーのがそもそもおこがましい話なんです。
やっぱ官能小説は、オッサン作家の方が程よいエロさとロマンがあって引き込まれます。
↑いやいやあのフランス書院文庫レベルじゃなくて、あくまで文芸の官能ジャンルねw
悪人ナシ善人ナシ
★★★☆☆
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