薬丸 岳 (著)
コロナ禍の最中、行き場を失った若者たちが中池袋公園に集う。
彼らが立ち上げた疑似家族集団「こうふくろう」
同じ血が流れていなくても、戸籍上では家族でなくとも、強い絆で結ばれている本物の家族になれるはずだった、、、
幸か不幸か、、、俺、孤独に対する耐性が人一倍強いみたい。
一人ぼっちで淋しいという感覚がイマイチ胸に迫ってこないっつーか、、、
決して孤独を愛してるわけじゃないけれど、全く苦にならないんですよね。
その代わり、人付き合いで煩わしいと感じることはしょっちゅうですけど。
小心者の気遣い屋なんですぐ疲れちゃう。やっぱ人間というものが心底苦手なんでしょうか、、、
って、書いてて何か悲しくなってきたわ(哀)
っつーわけで、「こうふくろう」の理念には全く感情移入できないまま読了。
で、
強がりでも嫌味でも煽りでも何でもなく、敢えて問いますけど、、、
“孤独 ”って、人生に於いてそんなに忌避されるべきもんですかね?
群像劇且つ時系列弄り、しかも本名とペアレントネーム(こうふくろう内での呼び名)が入り乱れててかなり混乱します。
序章でペアレント(こうふくろう幹部構成員)「レイナ」の自殺から始まり、時を遡って物語が展開していくので、当然読者としてはレイナが誰なのかを推理しながら読み進めることになりますが、軸が安定しない。
それぞれ登場人物の多角的視点から、「こうふくろう」の真実が浮かび上がってくる構成。
次から次に出て来る新キャラのサイドエピソードでページ数が割かれてしまい、どうしても最重要キャラクター「芹沢涼風」のボリュームが削られてしまう。
“孤独 ”と如何に向き合うか?本物の家族とは?というメインテーマから外れ、いつのまにか闇バイトサバイバルにジャンルチェンジ。
父親との確執、「こうふくろう」リーダー「西島翔」との邂逅。
この二つの要素だけで、もっと涼風を掘り下げられたはず。
わざわざ事件起こす必要性あります?売れるためにはストーリーに山谷作らなきゃ駄目?
無理矢理エンタメ要素を捩じ込まなくとも、メインテーマだけで充分読者を引っ張れたんじゃないでしょうか。
前回(447冊目)と言ってることが真逆ですって?そりゃ作品によりますがな。
多角的視点で物語を俯瞰した方が良い場合と、主人公を徹底的に掘り下げた方が良い場合。
今作は断然後者だと思いますが如何?
とは言いいつつ、闇バイトサバイバルパートも面白いんですけどね。
コロナ禍・貧困・いじめ・虐待、、、現代日本の闇オンパレード。
一度堕ちたら、それこそ人生急降下。
だからこそ、どんなに辛くても今いる場所にしがみつかなきゃならない。
移動するならば下ではなく常に上。
あらゆる悪意が蔓延っている社会から子供たちを守らなければならないけれど、大人たちも自分の人生を生きていくのに精一杯。
だとしても、自分の子供がイジメられてんのに気付かない親って何なの?
人間ってそこまで鈍感になれるもんですか?
自分と一番近しい人間であるはずの親でさえこの有様。
最初に戻るけど、原則としてコミュニケーション能力を伸ばすのは勿論、孤独に対する耐性を鍛えるっつーことも必要なんじゃねーのと思う今日この頃なのでした。
それに親側からも言わしてもらえば、自分の子供がやらかす(犯罪を犯す/巻き込まれる)リスクもあるわけで。
つくづく本物の家族とやらの難しさよ、そりゃ少子化にもなりますわ。
困ってる人を助けたい、孤独な人に寄り添いたい。
純粋な善意からくる「こうふくろう」の理念は素晴らしいこと。
しかし沈んでいる他人の人生を本気で好転させるには、自分もそれなりの時間と労力とお金を消費しなければなりません。
じゃあ貴方は、連帯保証人の誓約書に判子捺けるんですか?って話。
その覚悟もなしに、ただ可哀想と叫ぶだけの無責任な人々の悍ましさよ。
、、、、、、。
ホラまーた本の感想じゃないじゃん、すぐそうやって世相斬ろうとするんだから。
薬丸先生、八年振りですって
★★★☆☆
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