桐野夏生著
無神経過ぎる夫、軽薄な長男、引き籠もりの次男。
妻であり母である自分を全く顧みない我が家の男共。
四十六歳のバースディディナーを適当に流されたことで、遂に愛想が尽き果てた主婦の朋美は家族を捨て当てのない旅に出る。
やっぱ桐生先生面白いわ。
お得意のグロ路線じゃなくて、シニカル路線の方。
『猿の見る夢』→236
https://mixi.jp/view_diary.pl?org_id=1963374201&owner_id=263792&id=1963720150
そうそうコレコレこの感じ。
キャラクターたちがホントに等身大で主人公の朋美は勿論、家族や他の脇役に至るまでその言動がすんなり頭に入ってきます。
コイツ何がしたいの?みたいなのが一人もいない。
最近小難しい読書が続いてたんで、ページを捲る指が小気味よい。
特に夫の浩光がィィ!
いやぁ〜〜桐生先生、相変わらずしょーもないオッサン書かせたら天下一品ですね、マジで。
まさに脂ぎった中年男性の醜さを凝縮したようなキャラクター、素晴らしい!俺もこうならないよう注意しますw
そして実は今作ダブル主役なんです、逃げた妻と逃げられた夫という二軸構成。
そして双方の視点から見えてくる、いなくなって初めて解る伴侶の有り難さみたいな。
長年連れ添った夫婦といえども、否、長年連れ添っているからこそ日々のコミュニケーションが大切ってことです。
「そんなこと言わなくても解るだろう、察してくれよ」
↑コレッこれがホント曲者。
夫婦のすれ違いがテーマの作品のとき、必ず指摘してますけど、、、独身のくせにw
でもね、真理だと思うんです。
面倒臭がらず恥ずかしがらず、常日頃から“言葉”で相手と意思疎通を図るという手間を惜しんではいけません。
我慢やスルーは、人間関係を円滑に進めていくには確かに重要なスキルではありますが、別の言い方をすれば現状を改善しようとする努力の放棄でもあるわけで。
そういう意味では、朋美の取った家出という突拍子もない行動も自己主張の一つの形態だと思えてきます。
行動を起こすことによって状況が悪化するかもしれない。でも好転するかもしれない。
只言えるのは何かしらかの変化が生じるということ。
俺にも言えることだけど、この変化を過度に恐れてしまってるんだよなぁ〜
中々に耳が痛いですな。
朋美を家出という本来選択するはずのない未来線を選んだことで、行くはずのない場所へ行き、会うはずのない人たちと出会い人生を少しずつ変化させていきます。
本当は何も変わってないかもしれない、でも彼女は行動を起こした。
私は我慢するだけの存在じゃないと夫と息子たちに示した。
自らの変化が周りにに波及するかどうかはまた別の話。
さて、その先には何があるのか?
「だから荒野」
えッ!?荒野?荒野じゃないでしょ、、、勿論楽園でもないけど。
現状維持という遅効性の毒
★★★☆☆
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