第二次大戦末期のドイツ北部のアムルム島。広大な干潟がある島は、戦火が及ばない静かな暮らしだった。
ナニング(ジャスパー・ビラ―ベック)は、日本で言えば小学校5年生ぐらいの男の子。
ドイツ本土から島に移住していたが、先祖は代々、島で捕鯨をやっていたという。ナニングは同級生にメルビルの「白鯨」を貸してあげる。
ナニングの家は、母・ヒレ(ローラ・トンケ)と幼い弟妹、叔母・エナ(リーザ・ハークマイスター)との暮らし。父は戦地から帰っていない。家計を助けるため、ナニングはテッサ(ダイアン・クルーガー)の畑の収穫を手伝う。そのとき、東プロイセン方面からの避難民たちに出会う。ソ連軍はベルリンに迫っているという。
テッサは「戦争はもうじき終わるよ」とつぶやくのだが、夕食のとき、ナニングがそう言うとヒレは激高。
「そんなことを言うのは祖国への裏切り。闘ってる兵士のことを何だと思ってるの。誰がそんなことを言ったのよ」。叔母のエナは必死でとりなす。
ラジオから「ヒトラー総統が亡くなりました」という臨時ニュースが流れる。
ヒレは産気づいて出産。
しかしニュースのショックもあるのか、何も食べられない。
ナニングに「バターと蜂蜜つきの白パン」だったら食べられる、と言うのだ。
ナニングは、母のため、それを手に入れようと奔走することになる。
医者を訪ねて小麦粉を乞い、親衛隊の男にバターをもらおうとする。
卵は野鳥の巣から取って来る。
学校では避難民の子どもたちはうとまれ、本土から来たナニングもクラスのガキ大将から「お前もよそ者」となじられる。
ナニングは、漁師のサムに魚を貰うが、帰り道、避難民の子どもたちに追いかけられ、強奪されてしまった。
ナニングの叔父はニューヨークに移住したのだという。しかし写真だけでしか叔父のことはわからない。
干潟をわたって帰ろうとするといつのまにか満潮になって溺れそうになるナニング。
やっとのことで海岸にたどりつく。
しかし、またもや避難民の子に海辺で会った彼は、持っていた物を取り上げられそうになるが、逆にその子は溺れかけてしまった。
一緒にいた女の子が「お願い!助けて!」と叫び、ナニングはその子を救助。
ヒトラーの死から世界は一変した。
親衛隊の男の家に再びナニングが行くと、彼は銃で自殺していた。
そしてドイツの戦争は敗北に終わった。
ナニングはなんとかかき集めた材料で白パンを職人に作ってもらうが、ヒレは食べようとしない。
熱烈なナチス支持者だったヒレは今となっては、島では冷たい目を向けられる。
精肉店の店主は「配給券なんか使えない。ドルなら売ってやる。あんたの親戚はニューヨークにいるんだろ?」とヒレに言うのだった。
ナニングたち一家は家を売って島を出ていくことに。
蒸気船の波止場まで馬車で行く途中、海岸で助けを請うた女の子が駆け寄り、じぶんが掛けていたネックレスをナニングに渡すのだった。
このところのあまりの酷暑の毎日に映画館から遠ざかっていたが、ほんの少し最高気温も下がったので(それでも34度ぐらい)、何気なく見に行った映画だったが、これはなかなかの佳作だった。
まだ幼い少年の目から、数日で一変する価値観が描かれる。
ヒトラーの自殺は1945年4月30日だから、そのあたりから5月初めの情景だろうか。
ナチスへの共鳴をよしとしないテッサへの、ヒレへの冷酷なまなざし、そして一転してヒレに向けられる冷ややかな目。
島に住む人間にとっての、避難民への差別的な対応。
海を隔てた「本土」との醒めた距離感は万国共通で、済州島民が韓国本土の人間を「陸の者」と言い、沖縄では本土の人間を「ヤマトゥンチュ」と言うのを思い出す。
ナニングの奮闘ぶりは、かいがいしく、痛ましいほどだったのだが、このあと、世界が変わってしまった彼は、ドイツ本土でどう生き抜いたんだろう、と思ってしまう。
アムルム島を、帰宅してから調べると、ドイツ北部、デンマークに近いところにある。
広大な干潟、のどかな田園、そしてアザラシもやってくる海岸など、「ドイツ」のイメージとはだいぶ違う大自然である。
(8月17日、KBCシネマ)
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