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2026年04月06日11:31

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映画「決断するとき」

1985年のアイルランドの小さな町。
ビル・ファーロング(キリアン・マーフィー)は、石炭商。石炭の入った重い袋をトラックの荷台に積み、あちこちに配達する仕事。家庭では妻アイリーン(アイリーン・ウォシュ)と5人の娘と暮らしている。
帰宅するとまず、真っ黒になった手を洗うのが日課だった。

彼はあるとき、地元の修道院へ石炭の配達へ行く。
ところがそこにいた、若い女性・サラ(ザラ・デブリン)から「ここから出して!」と懇願される。とまどうビル。サラは妊娠していた。
すぐに修道女がやって来て、ビルは「出て行って、入って来てはいけない」と促された。

ビルは、サラの必死の表情が忘れられない。
彼は子ども時代を思い出す。
ビルの母は未婚でビルを産んだ。そして母は不幸な死に方をしてしまう。
ビルはお屋敷のウイルソン夫人のもとで育つ。
母が会っていた男性を、ビルはもしかして自分の父かも、と思うが分からない。

クリスマスが近づき、町も華やぐ。
教会では修道院長(エミリー・ワトソン)が「主は哀れみ深く、慈悲深い・・」と説く。
しかしビルは、修道院で見た光景が気になるのだ。
女の子たちは、過酷な状況に置かれているのがわかっていた。自由のない生活、きつい労働。
しかし、妻は、この町では修道院が絶大な力を持っている、どうしようもないから「見てみぬふり」をしたほうがいいと。
長女は、町の名門女子高に通っている。修道院のすぐ隣だ。

だがビルはついに、修道院の中に入り、サラを連れ出す。妊娠中の彼女は苦しそうだ。彼女を抱きかかえるようにして、ビルはわが家に連れてきて休ませるのだった。


この映画、ほとんど説明がないので状況が飲み込めない部分がある。
察するに、修道院に収容されて自由がない女の子たちはいわば、「女子少年院」みたいなものだと推測される。
ゴリゴリの保守的な土地。
余計なことはしないほうがいい、という雰囲気がある。
しかし、ビルはそのタブーを打ち破ってしまう。
このあとどうなるのか、サラはどこで子どもを産むのか、修道院側は何と弁明するのか。
まったくわからないまま物語は終わってしまう。
やや置いてけぼりの余韻を観客は感じるのだが、あなたがビルの立場だとどうするのか、と問いかけているのだろう。

キリアン・マーフィーは「オッペンハイマー」で主演。透き通る青い瞳が、今回も苦悩する男を象徴するかのようだ。
彼が洗面所で汚れた手を洗い清めるシーンも、なんだか示唆に満ちている。
洗っても洗っても落とせないもの。そんな世の中にどう向き合うか、ということだろうか。
(4月3日、KBCシネマ)
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