佐木 隆三 (著)
映画版が強烈に印象に残ってまして。
書架でタイトルを目にする度、緒形拳さんの顔が、、、
次借りよう、そのうち読もうと、避け続けて数年。
遂にこのときがやってまいりました。
「西口彰事件」を題材に、連続殺人犯の全国を股に掛けた逃亡劇を描く。
古いッ!!
舞台が六十年前、執筆が五十年前、加筆修正が二十年前の作品ということで、予想はしてましたが古い。言葉遣い、環境描写、倫理観、全てが昭和感覚全開で古臭い。
のっけから在日朝鮮人や障碍者に対する差別発言がポンポン飛び出して、令和を生きる自分からすればドン引き。
昭和を体感した俺ですらこれですから、平成生まれの読者には相当キツいのではないでしょうか。
五十年という時の隔たりがこれ程とは、、、これが今作一番の驚き。
実は、俺が二千年代以降の比較的新しい作品ばっか読んでんのも、時代感覚に引っ張られて作品の本質を見失わないようにするためでもあります。
そうなんですよ。
今作も古臭さばかりが鼻について、主題に全く迫れませんでした。
淡々と続く事件描写を、調書かの如く読み進めた次第。
正直、ココに書くことがありません。
事件描写と関係者の証言だけで話は進み、心理描写皆無。
連続殺人犯である「榎津巌」か、捜査している刑事をガッツリ主人公に据えてればまた違った感想になったと思います。
何故殺すのかという動機は、今作では殆ど意味を成しません。
そもそも「復讐するは我にあり」というタイトルからして、思わせ振りなんですよ。
映画も一応観てはいるはずなんですが、緒形拳さんの鬼気迫る怪演以外は忘却の彼方。
復讐という強烈な単語から想像するに、貧困に苦しみ、社会から不当な差別を受け続けた榎津が堪りかねて世の中に仕返ししていくというストーリーを勝手に脳内変換してました。
全然違いましたね(爆)
敬虔なクリスチャンの家に生まれ、何不自由なく育ったにも関わらず、己の欲望のみで罪を重ねていくというまさにサイコパスな話。
社会への恨みもなく、罪を犯す葛藤もなく、被害者への罪悪感もない。
動機は金が欲しいと性欲を満たしたい、ただそれだけ。
これでは心理描写しようがないし、感情移入など不可能。
加えて整理されず書き殴られた膨大な情報量、事件ごとに変化する人間関係の把握で精一杯。
如何に今の作家さんが、読み易さを念頭に作品を書いてくれてるか実感しました。
っつーわけで、外道の凶行に眉を顰めつつ、昭和の現実に愕然としながら平然と読了。
心ではなく頭で読む作品
★★★☆☆
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