伊東潤著
「ビハール号事件」を題材にした法廷モノ。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%93%E3%83%8F%E3%83%BC%E3%83%AB%E5%8F%B7%E4%BA%8B%E4%BB%B6
当コーナーの大常連伊東先生の登場、今作で七作目の対戦となります。
勿論得意分野は戦国なんでしょうけど、今回のテーマはBC級戦犯裁判。
それにしても、伊東先生の多作ぶりとその引き出しの多さには毎回驚かされます。
事件そのものの描写を期待していたら、法廷モノってことでちょっと肩透かし。
法廷・医療・恋愛は、俺の三大忌避ジャンル。
でもそこはエース伊東先生、きっちり読ませてくれます。
戦後の戦犯裁判が、戦勝国による復讐劇の側面があったことは否めません。
日本の習慣や日本軍の特殊性を理解せず、拙い通訳の元で行われた裁判に果たして「法の正義」は宿っていたのか。
勿論日本という国家が犯した侵略戦争で生じた戦争犯罪は裁かれなければなりません。
しかしそれと同時に被告人たちには「法の正義」に基づいた公正中立な裁きを受ける権利がある。
戦勝国イギリスが抱く日本への憎悪、白人の有色人種にた対する激しい差別意識、保身に走る日本海軍上層部、真実を告発するよりも海軍軍人としての誇りを選ぶ被告、これらの厚い壁にひたすら「法の正義」を貫かんとする若き弁護士鮫島が立ち向かう。
ひたすら熱くベタ。
「法の正義」を貫き、真実を追究する鮫島の姿は胸に迫るものがあります。
それは読者だけではなく、作中の登場人物も同じ。
真実を告発することを、責任と死から逃れる行為だと頑なに拒む艦隊司令の五十嵐中将初め、戦時中捕虜になった経験から日本軍の残虐性を憎むイギリス人検事、アジアの期待を裏切った日本に失望したインド人助言者たちが徐々に鮫島の真摯な姿に心を開く様はグッと来ます、ホントにベタだけど。
中でも裁判の新聞報道を読んだイギリス人老紳士が鮫島に敬意を表するシーンは、今作で一番心打たれました。
イギリス人全員が憎しみに囚われているわけではない、「法の正義」を信じる者もいることを忘れないでくれと。
その老紳士の後ろ姿に深々と頭を下げる鮫島、揺るぎない信念を貫き通す者が見せる強さは何と美しいことか。
しかし、罪もない六十九名もの捕虜が惨殺されたという厳然たる事実がある以上、無罪を勝ち取るハッピーエンドは絶対にありえない。
現場の艦長の不手際や上層部の理不尽な命令があったとはいえ、艦隊を指揮する立場にある五十嵐中将にも当然責任の一端はあるわけで。
読者は、ほぼ死刑判決は確定事項として読書を進めていく中、どこまで「法の正義」が真実に迫れるかを確かめることになります。
法治。
地球上には様々な国があり民族があり宗教がある。
人それぞれに正しいと考えることには差があるし、人はその場その時々の感情に任せて行動してしまう。
だからこそ、諍いや争いが起こったときに力ではなく「法の正義」によって公正中立に裁定が下されなければならない。
法治こそが民主主義の根幹であるという思いを、今作を通してさらに強くした次第。
最後に本筋の感想からは逸れますが、非常に気になった点を一つ。
日本海軍の軍艦の名称が変更されてるんですが、何で?
重巡洋艦「久慈」って何?「利根」でいいじゃん。
実在の事件を扱ってるんで、関係者の名前を変更するのは理解出来ますが、艦名の変更は意味不明。
俺軍オタなもんで、頭の中で一々正規の艦名に修正して読んでたら集中出来ねぇっつーのッ!
裁判には負けたが、「法の正義」は憎しみという感情には勝った
★★★☆☆
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