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2026年01月08日17:40

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映画「さらば、わが愛/覇王別姫」(NHK-BS)

1924年の北京。幼い小豆子は、母親に捨てられたも同然で、京劇俳優養成所に預けられた。娼婦の子、とことあるごとに養成所の男の子たちにいじめられる彼を、いつもかばってくれたのが、兄弟子の「石頭」。レンガを頭で割って見せる芸を見せる。
しかし、養成所の訓練は過激で厳しい。ある日脱走を図った小豆子だったが、ちょうど有名な俳優が街を訪れていて、項羽と虞美人のやりとりの「覇王別姫」を演じ、そのすばらしさに心を奪われた。
結局、養成所に戻った彼は、連帯責任として、仲間とともに師匠から激しい折檻を受ける。
しかし少年の心に「覇王別姫」は強い印象を残す。

成長した小豆子は程蝶衣(レスリー・チャン)、石頭は段小楼(チャン・フォンイー)として舞台に立ち、人気を博し、「覇王別姫」で共演する。
しかし小楼は、妓楼通いで、売れっ子の菊仙(コン・リー)に入れあげ、結婚。
小楼に、ほのかな思いをいだいていた蝶衣の心は複雑だ。
蝶衣は、京劇のパトロンで同性愛者の袁四爺(グォ・ヨウ)と親密になる。

やがて日中戦争が始まり、日本軍が北京を占領。小楼がトラブルで日本軍に捕らえられたため、菊仙は「小楼とは別れるから」と、蝶衣に助けを求め、蝶衣は日本軍人たちの前で「牡丹亭」を舞った。
しかし結局、小楼と菊仙は別れない。
小楼は賭博に熱中し、蝶衣はアヘンにおぼれる生活に堕する。
久しぶりに養成所の師匠と再会したふたりは、堕落した生活を叱責されて、舞台へ戻ることに。

日本の敗戦で、国民党軍が入城。だが、国民党の軍人たちの前で舞台に立つと、観劇の態度の悪さは、日本軍よりひどかった。その混乱の中、菊仙は流産してしまう。
その後、蝶衣は、戦時中の行動が日本軍におもねったとされ、裁判にかけられた。
小楼は袁に頼み、袁は「日本軍に脅迫されて仕方なく踊ったのだ」と証言するが、蝶衣は、「日本軍は何もしなかった」と法廷で述べるのだった。

さらに時が流れ、文化大革命の時代。
京劇は「妖怪だ」と、紅衛兵たちに揶揄され、古い時代の遺物として非難の対象になる。
自己批判しろと、舞台衣装のまま引き出された小楼と蝶衣。そこには菊仙もいた。
小楼は、蝶衣はアヘン中毒だ、と暴露し、裏切られたと感じた蝶衣は、小楼の妻の菊仙は、妓楼の女郎だった、と返す刀で言い返す。
紅衛兵たちは小楼にこんな女を愛しているのか、と責め立て、思わず小楼は「愛していない」と答える。絶望した菊仙は、首を吊って自殺してしまった。

それから11年後、四人組の失脚でようやく文革が終わった。
小楼と蝶衣は、ふたたび「覇王別姫」で共演を果たせることになったのだった。


わたしがこの映画を最初に見たのは、もう30年以上も前になる。
大ヒットの邦画「国宝」の李相日監督は学生時代にこれを見て、「いつかこんな映画を撮りたい」と思ったのだという。

京劇がテーマで、文革で迫害されて・・というおおまかな筋だけは覚えていたが、細かいところなどかなり忘れてしまっていた。
そもそも「覇王」は「え?劉邦だったっけ?」と思うほどのていたらく。
いっしょにBSの放映を見ていた夫が、
「力は山を抜き、気は世を覆う、というセリフからして、項羽の『垓下の歌』やろ?。漢文の時間に習ったろうが」と言うありさまである。
そういえば、映画館で見たときも彼氏(今の夫)と見に行ったのだった。

京劇は、中国の古典芸能だから、おおざっぱに言えば、日本の歌舞伎のようなもの。
李相日監督が、のちに歌舞伎を描いた「国宝」を撮ったのもなるほど、と思う。

蝶衣の小楼への叶わぬ思い、蝶衣、小楼、菊仙の複雑な三角関係、時代に翻弄される京劇の舞台など見どころは多い。
しかしながら京劇の養成訓練は、今で言うなら児童虐待も同然。見るのが辛い人も多かろう。

見終って「レスリー・チャンは、なんで死んじゃったんだろう」という思いが強かった。2003年に飛び降り自殺をしている。享年46歳。
友人にそのことをLINEしたら「お正月からレスリー・チャンの話なの?」と言いつつ、
「今の香港を見ずに済んだからよかったのかも」という返信。
そうかもしれない。
本作はチェン・カイコー監督で、中国・台湾・香港の合作。
中台関係が緊迫して、自由な香港も過去のものになった現在、もはやこういう映画は作れまい。
(1月3日 NHK・BS4Kプレミアム)
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