金・土・日プライベート三連休は水戸芸術館→静岡県立芸術劇場駿府城公演→京都国立博物館で〆が終わった。
重文狩野内膳筆『豊国祭礼図屏風』(左隻:画像1)…豊臣秀吉に推挙され狩野派の門弟になり、豊臣家お抱え絵師になった。筍の被り物をした人が居ます。
重文狩野光信筆『松竹鶴亀図童具足』豊臣鶴松所用(画像2)…永徳の長男である光信は永徳のウリである豪壮さを引き継がず、大和絵や繊細さを特色とした。
狩野孝信筆『北野社頭遊楽図屏風』(画像3)…永徳の次男、兄光信が48歳で死してから狩野派を纏めた。この孝信の長男こそ探幽で狩野派が江戸幕府の御用絵師集団となる。となってしまったが故に本図のような民衆たちを主人公とした風俗画を書いてはならずとなってしまった。初公開品
或る意味探幽の絵もありましたが、やはり様式化されすぎて面白くない。
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