7/17(火)、シネマe-ra浜松で『ル・アーブルの靴みがき』を観る。
アキ・カウリスマキの作品は5年振りである。
これ迄にオムニバス作品を含めて4作観ているが、何れも2007年だった。
『ラヴィ・ド・ボエーム』(1992),『過去のない男』(2002),『10ミニッツ・オールダー〜人生のメビウス』(2002),『街のあかり』(2006)と、制作年はいろいろだが、ともかく同じ年に観たのだ。
「ル・アーブル」というのは、フランス北部、ノルマンディー地方の港町である。
南仏のマルセイユに継ぐ、大きな港だという。
カウリスマキが何故フランスを舞台に？、とまず思う。
この映画では移民問題が採り上げられているが、大きな港湾都市であれば、場所としては相応しい。
ル・アーブルから西へ行くとダンケルクにはカレー市がある。この映画にもダンケルクの難民収容所が出てくる。
カレーは、イギリスとの間の海峡が最も狭い所にあり、古くから、英仏の占領争いの場になった。
オーギュスト・ロダン(1940-1917)の代表作の1つ『カレーの市民』(1884-88。世界に12体オリジナル鋳造があり、内1つが上野の西洋美術館前庭にある。)の事件場所は、ここである。
この個別事件は移民問題とは違うが、民族の接点ないしは出入りという観点で、歴史的な性格を負う地域ではあるのだ。こうした場所の特性は、良くも悪くも、人類が存在する限り綿々と続いていくだろう。
しかし、彼のフィンランドでは移民問題はないのだろうか？
残念ながらそれについて、私は知らない。
カウリスマキの作品の中ではフランスを舞台にしたものが、過去に1つだけある。それが、上でも掲げた『ラヴィ・ド・ボエーム』だ。
プッチーニのオペラ『ラ・ボエーム』に対抗する気持ちで作った映画だと言われている。
<参>
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=651674018&owner_id=3341406
『ラ・ボエーム』には、主人公の友人でマルチェッロという売れない画家が出てくる。伊語のマルチェッロは仏語でマルセルである。
『ラヴィ・ド・ボエーム』ではマルセルは作家という事になっている。その役を演じていたのがアンドレ・ウィルムで、今回の『ル・アーブルの靴みがき』の老主人公が、まさにウィルム演ずるマルセルなのだ。
時代設定は違うものの、作家マルセルの零落した姿として、カウリスマキはこのキャラクターを作り出したのだろう。こういうやり方、彼はどうも好きらしい。
もう1つは、この映画を作った当時の大統領 サルコジの移民排除政策に、1石を投じたいという気持ちがあったかもしれない。
サルコジは、フランスの経済社会停滞の根幹に移民問題があって、これを半減させる方針を主張していた。これは先の大統領選の争点の1つだった。
この映画には、世に悪人はいないと思われる程善人ばかりが登場するが、僅かに、移民局摘発官達の人間性を持たないような態度や、影の密告者の姿にだけ、悪人と言い得る性格が投影されていた。
これらの悪の頂点にサルコジはいる、と迄、カウリスマキも主張したかった訳ではないだろうが、少なくとも、前大統領の移民政策に彼が不安を感じていたのは確かだろう。
何故フランスを舞台にしたか？の訳は、こんなところかと思うが、それはともかくとして、今述べた通り、この映画には(少なくとも名前を持った登場人物は)、本当に善人達のみが登場する。
日頃マルセルがツケばかりをしているパン屋や八百屋,飲み屋等、貧しい下町の近隣の人達は、少しでも借金を払ってくれなければ、という態度は一応示すが、彼の妻が病気ともなれば、すぐに病院への車を出してくれるし、見舞いにも来てくれる。
マルセルが、移民摘発の現場から逃げ出したアフリカの少年を匿っている事を知れば、金も要求せず、パンや缶詰を持っていけと言う。
町の警視、ここに長く、定年も控えている男、職務上は厳しい言葉を吐きながら、最後の場面では、組織の異なる移民局のリーダーにウソをついて迄マルセルと少年を守ろうとする。立場は悪くなるだろうに。
病院の医者は、不治の病である事を診断しても、彼の妻に「奇跡が起こるかも」と慰める。彼女の方が冷静に「近所じゃ起きてないわ」とぽつり。
この会話の親密でユーモアに満ちている事！
もう1つだけそんな会話を紹介しよう。
マルセルは、ダンケルクの難民収容所に少年の身内を捜しに行く。
そこに祖父がいる事が判るが、所長は接見を許さない。
マルセルは主張する、少年の祖父(勿論黒人)と彼は兄弟だと。
そんな事があり得る筈もないと一蹴する所長に、彼は続けて大ウソをつく「私はアルビノなんだ」。
呆れ果て顔の所長だが、それ以上は突き詰める事なく、接見の許可を与える。
立場はともかく、誰も個人としては人が善く、無償の情を示してくれる。
そんな関係がとぼけた会話の1つ1つに顕れている。
カウリスマキ作品の妙味である。
話しは戻るが、「ボエーム」とは「ボヘミアン」の事で、流れ者とか流浪の民とかと訳せる。パリには、そうした輩が昔からいて、(実際の人種は判らないにしても)自由な芸術家をきどり、自らを「ボエーム」と称した。
カウリスマキは、サルコジ発言以前の初期から移民や民族の問題にも興味があり、それらを含めて、人と人の関係の根幹を表現したい、そう思っていたのだろう。
それは今も同じであって、悩む人がいれば静かに手を差し伸べる人がいる。これがカウリスマキの人と人の関係の究極である。
悩む人と手を差し伸べる人は、互いを入れ替える事だってままある。それを知るのが人の優しさというものだ。それは、殆どカウリスマキの信仰、映画の中でもある場面でマルセルが言うが、イエスの山上の垂訓に近いものだ。
冗談でこの日記を閉めるのも何だが、警視役のジャン=ピエール・ダルッサン、誰かに似ていると思っていたが、今頃気が付いた。私の行きつけの店のマスターにそっくりなのだ、髭はないが。
そこの女将は、そして、クリムトの描いた『オイゲニア・プリマフェージの肖像』(豊田市美術館蔵)にそっくり。
実物を確認したければ、お店をご紹介申し上げます。
監督・脚本 アキ・カウリスマキ
撮影 ティモ・サルミネン
美術 ヴァウター・ズーン
編集 ティモ・リンナサロ
出演 アンドレ・ウィレム,カティ・オウティネン,ジャン=ピエール・ダルッサン,イヴリヌ・ディディ 他
受賞 カンヌ国際映画祭国際批評家協会賞,シカゴ国際映画祭グランプリ 他
2011年、フィンランド,仏,独合作
写真1 映画ポスター
写真2 カウリスマキ映画には常連のウィレムとオウティネン。
写真3 警視役ダルッサン。パイナップルと警視のバランスの良さ(笑)！
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