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2023年08月11日18:13

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ダンス テロ・サーリネン・カンパニー《トランジット》

5/21(日)のNHK-BS「プレミアムシアター」で放送されたテロ・サーリネン・カンパニーのダンス《トランジット》を観る。
これ迄他に観た事のないダンスで、驚いた。

フィンランドのダンサー・振付家テロ・サーリネン(1964- )が1996年に設立した自身のカンパニーのために振り付けた作品。
2021年8/19〜21、ヘルシンキのメリカ―ペリホ−ル公演のライヴ録画。

フィンランドのダンス事情についても、テロ・サーリネン個人についても私は全く知識を持っていなかった。
あとから調べたところによると、テロ・サーリネンは1985年にフィンランド国立バレエ団でダンサーとしての活動を始め、1988年よりソリストを務めたが、1992年に退団してしまう。
以下サーリネン本人の言葉を交えてその経緯について書いておく。
「バレエの手法に限界を感じ、異なるダンスの知識を深めたいと感じていた頃、”舞踏”に出会い衝撃を受けた。(中略)その理由を知りたいという好奇心から日本へ」。
アジアの舞踊を学ぶ旅を経て、1992年から93年にかけて1年間、大野一雄(1906-2010)の舞踏研究所で学んだ。併せて、日本舞踊や合気道の手ほどきも受けた。
「”形”に拘るバレエの思考の窮屈さを知り、形から解き放たれた自由なダンスのある事に驚き、内なる本能を目覚めさせられた」。

フィンランドに帰ると、先に書いた通り1996年にテロ・サーリネン・カンパニーを設立、多様な身体表現を組み合わせたユニークなダンスは大きな評価を得て、フィンランド国立バレエ団はもとより、ネザーランド・ダンス・シアター、リヨン・オペラ座バレエ団、フランス国立マルセイユ・バレエ団、ヨーテボリ・バレエ団その他、世界の著名なダンス・カンパニーやバレエ団がたて続けに作品を委嘱する事となった。
1996年から2018年迄の23年間に、サーリネンは46もの作品を創作したのである。

結果、2004年にはモヴィメント・ダンス賞(ドイツ最優秀男声パフォーマー賞)、同年にフランス文化賞よりシュヴァリエ賞を受賞、翌2005年にはフィンランド獅子勲章プロ・フィンランディア・メダル(フィンランドの芸術家に贈られる最高位の勲章)をサーリネンは獲得した。

その間で、アジアの身体表現への興味から、2014年には、埼玉県舞踊協会の委嘱に応え、日本ダンサーのために《MESH》を振付け、彩の国さいたま芸術劇場で公演、同年、韓国の伝統音楽の要素を使いながら新しい形式と演奏技術を駆使するバンドBe-Beingのライブ演奏に合わせ、韓国国立舞踊団にコンテンポラリーの手法で振付けをした《VORTEX(渦動)》のソウル初演等も行っている。
こうして彼は、北欧とアジア諸国の文化・伝統を出会わせ、ダンサー達の原初的アイデンティティを刺激し、渦の中に放り込んで、2つの文化が激しく衝突する身体表現を生み出した。

モーションだけではない、サーリネンは音楽や光,映像の表現力にも興味を持ち、それらをどうクロスさせるか考えた。
今回観た作品は、フィンランドの現代作曲家セバスチャン・ファーゲルルンド(1972- )作曲の三部作《ストーンワーク(石造物)》(2015)、《ドリフツ(吹きだまり)》(2017)、《ウォーターアトラス(水の世界地図)》(2018)が用いられている。
ファーゲルルンドはシベリウス・アカデミーで学び、人生の「根本的疑念」「実存経験」を、深い洞察に基いて音楽表現する作品で注目され、フィンランドの彼の世代を代表する作曲家として認められるようになった。
2016〜17年にかけて、アムステルダム・コンセルトヘボウのコンポーザー・イン・レジデンスも務めた。

《ストーンワーク》はシャーマニズムの儀式のために造られたとされる石の建造物からインスピレーションを得て作曲された。
《ドリフツ》は、暗い彩りのラルゴ・ミステリオ―ソに始まるゆっくりとしたテンポを基本とする音楽で、ベルイマンの映画を基に作られたオペラ《秋のソナタ》(2014-16)のメロディも使われている。
《ウォーターアトラス》で完結された3作は、共通の音楽素材をベースにつながりながらも、それぞれは独立している。
ファーゲルルンドは、毎年長い時間を過ごすバルト海沿岸の夏の家から望むフィンランド群島とごつごつした岩盤の島々の広大な姿からインスピレーションを得て、一般的、また哲学的、抽象的要素としての”海”を人間の目で描いた。
これら以外にギターと管弦楽のための協奏曲(2013)があり、それが《トランジット(通過)》というタイトルを持っている事から、ダンス作品としてのタイトル《トランジット》と有機的な関係を持っていると想像される。この協奏曲は6つの楽章があり、切れ目なく演奏される。
これらは元々バレエのために造られた音楽ではない。サーリネンは、異なる世界を惹き合わせ、ぶつける事に長けている。

音楽以外に、照明と映像の要素もサーリネン作品では極めて重要な役割を負っている。
ここでも彼の言葉を借りると、
「フィンランド人は自然の光に対して繊細に反応する。一年の多くを光なしで暮らし、夏になると突然光が溢れだす。このドラマティックな変化は、アーティストに影響を与えている」。
本作における照明と映像は、宇宙の原初のイメージのようでもあり、細胞分裂による生命の誕生のイメージのようでもある。音楽と同様に、マクロとミクロに極めて抽象的世界を象徴している。

男女10人強の踊りも、”人”以前の何ものかの動きのようであり、”人”がいなくなったあとの世界の動きのようでもある。
宇宙の営みのようにゆっくりとした静かな時間、また時には、不随意筋の痙攣のような微細で神経質な時間。
そして、驚くのは、10人の動きが殆どシンクロしない事だ。シンクロを求めないダンスというのも、他に類を見ない。
かと言って、ダンサーの即興に任せているのではない。全体から一人一人、指先の動きに至る迄、サーリネンの振付けは目が行き届いている。
これら絶え間なく移りゆく時間と運動は、確かに大野一雄の影響を想わせるところがありそうだ。

文字での表現は大変に難しいが、音楽と光と動きが混交し総合して、サーリネンの独特なダンス世界は形成されている。
是非他の作品も観てみたいと思う。

以下、《トランジット》予告編映像(1分)
https://youtu.be/CVnvr9p_B6c


振付・構想 テロ・サーリネン
音楽 セバスチャン・ファーゲルルンド
音響・電子音楽 トゥオマス・ノルヴィオ
映像 IC-98、ヴィサ・スオンパー,パトリック・セゲールンド
照明 ミンナ・ティッカイネン
衣装 ティーム・ムーリメキ

出演 テロ・サーリネン・カンパニー

収録 2021年8/19〜21、メリカ―ペりホール(ヘルシンキ)
放送 2023年5/21、NHK-BS「プレミアムシアター」
 
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