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2019年05月29日23:57

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猪木とビンス(419)最終章

新日本プロレスでは84年サマー・ファイト・シリーズ終了後にパキスタン遠征を行いましたが猪木の「パキスタン大統領が見たがっているから」という発言により、敵体関係にあった藤波と長州がタッグを結成。   

8月14日、クエッタで藤波&長州組が実現。両者のタッグ結成は長州がメキシコ遠征に行く前の82年4月1日、蔵前国技館でのvsダスティ・ローデス&ディック・マードック組のテキサス・ジ・アウトローズ戦以来となりました。

藤波&長州組はビリー・クラッシャー&カネック組と対戦しましたが、試合は9分14秒、藤波がカネックをバックドロップからの体固めで破り藤波&長州組の勝利に終わっていますが、チームワークはぎこちなく、お互いにやり辛い展開でした。

一方、ザ・タイガー改めスーパー・タイガー、山崎一夫も正式入団し、前田日明、ラッシャー木村、剛竜馬、藤原喜明、高田伸彦、マッハ隼人と所属選手が8人となり、団体としての体を成してきたUWFは8月29日、高崎市体育館から2週間のシリーズ「ビクトリー・ウィークス」を開幕させました。

6月に行われた第1回新人入門テストに合格した中野辰雄(翼耀)、広松智もデビュー。

特に中野は国際プロレスの入門テストに合格した実績もあり身体も出来ており、即戦力として期待されていました。

UWFでは新日本プロレスの強さの象徴、猪木の師匠として知られているカール・ゴッチを「最高顧問」に迎え入れました。ゴッチは新日本プロレス旗揚げ時、現役レスラーとして参戦する傍ら、外国人選手のブッカーとしても活躍していました。しかし、ゴッチがブッキングしてくるレスラーは地味で集客力もなく、73年4月にNET(テレビ朝日)の放送が開始されてからは、

ロサンゼルスのマイク・ラーベル、ニューヨークのビンス・マクマホン・シニア、カナダのジョニー・ルージョー、スチュ・ハート、クリーブランドのジョニー・パワーズ、メキシコUWAのフランシスコ・フローレスらのプロモーターから外国人選手を招聘し、毎回超豪華外国人メンバーを集める馬場の全日本プロレスと遜色ないメンバーを集めることが出来、ゴッチはブッカーとしては不要になっていました。

新日本プロレスではゴッチを立会人、セコンド等で呼ぶ傍ら、フロリダ州オデッサのゴッチの自宅に選手にコーチを受けさせる為に渡米させるなど関係を切ることのないように継続させてきましたがニーズは大幅に減り、83年4月の前田凱旋試合でセコンドに付いて以来、疎遠になっていました。

UWFは新日本プロレスでゴッチの指導を受けた前田、Sタイガー、藤原、高田らが集まっており、ある意味当然の流れとは言えなくはないですが、新日本プロレスにとってはストロングスタイルの看板をUWFに持って行かれたようなものでした。
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