■内田樹「日本習合論」2020年9月ミシマ社刊
私は、ここ15年くらい、内田樹の読者であるが、最近、刊行される本が
多く、とても全部は、読み切れていない。
御年70歳になられて、最近、毎月、新刊がでる。それ以外にも、講演や
座談会にひっぱりだこで、おまけに、神戸の自宅を道場にして、合気道にも
励んでおられる。
生き急いでおられるわけではないが、後進のために、色々、言い残したくて
しかたない、内部のマグマのようなものの奔流だと、拝察している。
内田樹さんの本が刺激的で非常に面白く感じられるのは、他の人が誰も言わなかった
理路で、迫ってくるから。文体もグルーブ感があって、ぐいぐいと惹き込まれる。
読みだすと、いつまでも読んでいたくて、頁の残が少なくなるのが、惜しくて
しかたないという感じがする。
本書も、久しぶりの書下ろし下ろしということだが、版元ミシマ社の三島社長も次
のように言っている。
“内田先生と初めて本づくりをご一緒したのが、16年前の「街場の現代思想」。
それ以来、6冊の本を編集。そして、今、「日本習合論」という傑作ができました。”
“うれしい、という言葉だけでは言い尽くせぬ喜びに包まれています。これから、
くり返し読んでいくことになると思います。きっとその度、発見がある。そんな
確信が、さらに大きな喜びをもたらします。”
遅ればせながら、惹句を紹介。
“外来のものと土着のものが共生するとき、
もっとも日本人の創造性が発揮される。”
“どうして神仏習合という
雑種文化は消えたのか?
共同体、民主主義、
農業、宗教、働き方…
その問題点と可能性を「習合」的に看破した、
傑作書き下ろし。”
“壮大な知の扉を、さあ開こう。”
目次と小見出しの抜粋も紹介。
■第一章 動的な調和と粘ついた共感
・全体の七パーセントは「少数でも元気」でいてほしい
・まったく共感できない他者を支援できるか
・「理解と共感に基づく共同体」はつらい
■第二章 習合というシステム
・「異物との共生」を可能にするシステム
・土着的情念の喚起なくして政治的熱はなし
・母語のアーカイブに外来語を混ぜる癖
■第三章 神仏分離と神仏習合
・なぜ政令一本で神仏分離ができると思ったのか
・消された宗教の娯楽的要素
・漢語である「観光」が「新語」として採択された歪み
■第四章 農業と習合
・政治とマーケットは社会的共通資本の管理をしてはいけない
・生身の身体だけが食い合わせの悪いものを共生させる
・市場経済のロジックと渡り合える農村共同体
■第五章 会社の生命力を取り戻す
・日本の会社の雇用形態がもっとも成功した時代
・新しいコモンがなりたつ条件
・職場は明るいほうがいい
■第六章 仕事の概念を拡大する
・人が住まなくなると、家は急に傷みだす
・「引きこもり」を現代の堂守・寺男として採用
・集団が違えば、何を「仕事」とみなすかが違ってくる
■第七章 日本的民主主義の可能性
・大日本帝国と戦後日本を「つなぐ」もの
・政治的虚無主義に取り憑かれた七〇年代
・自分の双肩にかかっていると考える市民がいるか
■第八章 習合と純化
・土着とは「死者とのつながり」
・空海と同じ話形を選択した中江兆民
・日本のポップスは七〇年代に世界のポールポジションをとった
そうだったのか、という、いろんな発見が随所にあって、とても刺激的
でした。
まさに、(知的)道楽読書の極北です(^^♪
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