こころの時代で、コンゴで武装勢力にレイプされた女性たちの治療に当たり、ノーベル平和賞を受賞したデニ・ムクウェゲ医師のインタビューを放送していた。女性たちは、性欲ではなく、武装勢力が恐怖によって人々を支配するために強姦されたもので、性器に銃を
紅葉狩りに行ってきました。塩原を抜けて、南会津「観音沼森林公園」へ。この辺も水害があったようで、稲が寝ていたり、電柱に枯草がひっかかっていたりします。いつもは水無川なのに、水が流れている。トンネルが長いんですが、抜けた山は紅葉が始まっていま
マッチ擦る つかのま海に 霧深し身捨つるほどの 祖国はありやころがりし カンカン帽を 追うごとくふるさとの道 駈けて帰らん灯台に 風吹き雲は 時追えりあこがれきしは この海ならず今日生まれ 今日とぶ春の 雲の下かく癒えしわれ 山を見ておりわ
アメリカに留学していた時に、地方の町に赴任し、教会に行ったが決して歓迎されなかった。その教会のロバートという信徒代表が、戦時中日本の捕虜になった爆撃機のパイロットで、仲間の3人が処刑され、一人が病死して、日本人に深い恨みを持っていたからだっ
永瀬正敏、樹木希林、名演だったと思う。ハンセン病が出てくるのだが、この病気について、初めてまともに考えたのは、「砂の器」を見てからだった。加藤嘉・加藤剛・緒方拳ともに名演で、深い感動を与え、ハンセン病患者への偏見を是正する一助になったとは思
昨日は9・11だったので、J:COMで、ツィンタワーから奇跡的に脱出した人たちのドキュメントを流していた。77階以上に居て、脱出できた人は18人とか。過酷な状況で、よく逃げられたと思う。通常なら、エレベーターで44秒もあれば着く77階にいた人たちは、階段で
加工用のリンゴがなっているのに誰も使わないので、取ってジャムを作りました。リンゴの皮をむき、薄めに切って塩水にさらし、水切りをします。味付けには、砂糖、ゆずの皮(昨年にとって、刻んで凍らせておいたもの)、梅酢(今作っている最中の梅干からとっ
横瀬 夜雨(1878 - 1934)の生家に近い場所にある赤城神社を訪ねた。元々、横瀬家の屋敷神だったかもしれないと、ここで出会った老人が話した。上毛赤城神社の分祠で、この辺が鳥羽の海だったころに開拓に入ってこの地を開いた人が、群馬の人だったことによる
先日出かけたところ。群馬県昭和村の大森神社。和銅年間の創建だそうですが、元々は隣接する遍照寺の鎮守であったみたい。境内に不動明王などが祭ってある、神仏習合的な神社でもありました。不思議だったのは、本殿の周囲に植林してあること。こんな位置関係
ラジオ深夜便で安彦良和のインタビューをやっていた。機動戦士ガンダムの生みの親の一人で、その後アニメから離れてマンガの世界に行き、今再び「機動戦士ガンダム THE ORIGIN」でアニメに復帰した人なのだが、マンガで描いていたものが、私もやりたいと思っ
Eテレ「こころの時代」で森政弘(1927年-)東京工業大学名誉教授のインタビューを流していた。聞き手は東京大学名誉教授でインド哲学の丸井浩氏。この方、静岡県三島市にある臨済宗妙心寺派の龍沢寺住職で師家の後藤榮山老師に師事して臨済禅を修しておられた
出かけておりました。行ったのは六本木。この、六本木ヒルズというビルの隣のホテルで、出光昭和シェルという会社の株主総会です。テレ朝もお隣ですね。アマンドしかない寂しい街だった六本木も、オシャレでモダンな街になりましたね。ここも、近いのにあんま
出かけておりました。行ったのは、有楽町の東京フォーラム。息子の大学の卒業式に来た時以来です。東京電力ホールディングスという会社の株主総会なのですが、原発の賛否を訴える団体の方々がいて、つかみ合いのバトルが見られるのかなと思っていたんですが、
雨引山楽法寺は、車で上まで行けるんですが、石段の参道を登っていくのがおすすめ。道端にある石の地蔵さんは、富士山の何合目というのと同じで、登山の目安ですね。これは5丁これは8町。ここまで来ればもうお寺はもう目の前です。仁王門。仁王像は、最近、
ローカルニュースでやっていたので、雨引山楽法寺と千勝神社にアジサイを見に行きました。雨引山楽法寺は、この山の中腹に見える建物(この写真は2012年春のもの)。先ずは麓の千勝神社。大同2年(807)創建と伝えられる古社なのだが、式内社ではありません。祭
NHK「ラジオ深夜便」(6月5日午前1時代)でやっていた、電機メーカー専務 植松努氏のインタビュー聞いてます。この方、ポリエチレンなど市販の部品でカムイロケットを打ち上げているグループの方。この会社、人工衛星も作っているし、農作業の機械も作ってい
平泉は、学生運動にも取り組んでいたようだ。ドイツでは共産主義を奉じる学生は少なく、ナチ学生同盟が勢力を伸ばして、赤化教授の任官を潰すなどしていたという。それを見てきたからではないかというのだが、だとすると、ナチスの影響は やはりあったという
日本の国家主義の理論的指導者であったとして、戦後 完全にパージされた平泉澄の評伝。この方、大変優秀で、四高から東大に首席で入り、首席で卒業して、大正天皇から恩賜の銀時計をもらっている(恩賜の銀時計はこの年が最後だったので、最後の下賜者の一人
ウチの近所の神田川。桜の隠れた名所です。隠れた名所だから、上野や飛鳥山みたいに、人出が多くありません。一会とて 降る花びらの 流れゆく
Eテレ[こころの時代」で、詩人の尹 東柱(윤동주 1917年12月30日- 1945年2月16日)を取り上げていた。日本との関係が深く、本国では誰もが知っていている人物、でも、日本ではあまり知られていない人(例えば戚継光のように)はいるのだが
先日の「こころの時代」で、ドリアン助川を取り上げていた。この方、青少年の人生相談なんかしていたころから、危ない人だなと思っていたのだが、その後、何度かの深刻な挫折をして、責任の持てる顔になったようだ。この番組の最後に、彼の言葉を朗読したのだ
出かけておりました。行ったのは 護国寺前のファミレス。昨年、「近世初期文芸」を送っていただいた、田中宏先生と会ってました。※先生の写真は、許可を得ていないので、お体だけ。先生は耳が不自由なので、私がメモ帳に書いて示し、先生が話して答えるとい
今日は出かけていました。行ったのは区立図書館で、桑原隲蔵(1871 - 1931)の『東洋文明史論』を見るため。昭和12年の出版なので、図書館では貴重書。中に入っている二つの論文が気になったのだが、この人、白鳥庫吉や内藤湖南なんかに比べると、王道ではな