この記載で重要なことは、趙州が出てこないということ。趙州が出てくるのは、今見られる本では『景徳傳燈録』(北宋、道原編 30巻 僧の伝記集)だという。猫を斬った話の後、こんな記載が続く。「趙州、外より帰りたるに、師、前話を挙して之(こ)れに示す
続けます。「まず、先ほどの秋月先生のお話にはまったく同感でして、およそ求道ということは、まったく文字通り命懸けのことであると私も思っております。そして、その求める道を摑んだ途端にその人は命を失う。喪失失命する。これは馬祖が言っておりま
入矢義高先生(1910-1998)については、駒澤大学の小川隆教授が「こころの時代」で禅語を取り上げていたときに、教示を受けた方として紹介され、ずいぶん読める人だったのだなと感心したことから興味がわいていた。私が読んだ「南泉斬猫私解」は「空花(くう
また買い物に行きました。午後から雨予報なので、その前に帰る予定。加波山、筑波山が美しい!アオサギがいました。虫の卵。柿の木なんだけど、駆除した方がいいよね。よその家のだから、手を出さないけど。白菜の収穫。麦畑の足跡は、たぶんイノシシ。
田中宏先生から「近世初期文芸」を送っていただいた。今年1月に亡くなった深沢秋男先生の追悼号になっていたが、深沢先生にはいろいろお世話になったので、私も追悼したい気持ちがある。深沢先生とは、『瀛奎律髄』の版本調査をしていた時に、桜山文庫の蔵書
録画してあった「路(ルウ)〜台湾エクスプレス〜」見てます。台湾の人と話したこと、思い出してます。彼は留学生で、日本で一人で暮らしていた。彼には、私が失礼なことをして、お詫びしにお宅に伺ったのだ。「何とも思っていませんから 気にしないでくださ
「穂高を愛した男 宮田八郎 命の映像記録」見てます。享年52歳。若死にということなのかもしれないが、いい生き方だったんじゃないかと思う。養父は北巨摩の人で、一時期山男になるんじゃないかと心配されたらしい。ウチには山でとってきたという岩松が井戸