先日フランシスコ会聖書研究所訳注の新約聖書をスキャンした。これって、注や地図がこまめに出ていて、一番わかりやすい聖書を作ろうとしてできた本なのじゃなかろうかと思った。そのせいでもないんだけど、Eテレでやっていた、「こころの時代」のキリスト教
ウチの実家の先祖が忌部氏かもしれないということで、『古語拾遺』(齋部広成撰)をちょっと見ていた。忌部氏(後に齋部と改める)は天照大神が岩戸隠れをした時に、中臣氏の祖である天児屋命と共に祈祷して出御を促した太玉命の後裔であるが、宮中祭祀をめぐ
昨日やったEテレ「こころの時代」、慈雲尊者の説く十善戒の話だったが、まぁ、こうした縛りを必要としている人もいると思う。しかし、気になったのは、後ろに掛かっている軸。「寿重比南山」と書いてある。これは、『詩経』を出典とする「寿比南山」という言
高校の後輩が亡くなった。亡くなったのは、昨年の11月だったのだが、新年の年賀辞退のハガキで知ったので、一周忌を前に、弔問に行こうと思って、電話したら、奥様に拝辞された。おまえが来たら迷惑だというのではない。家族で送ってくれればいいというのが、
(日刊SPA! - 09月24日 16:32)http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=81&from=diary&id=4208858上記への反論。<日本人をダメにする習慣> ・周りに遠慮して好きに行動できない 周囲に気を配理ながら行動しなくては目的を達成できない。・“今をつつが
本書の紹介に関しては、概説をコピペすれば簡単なのだが、それでは勉強にならないので、自分の理解を書く。これは長文の手紙になるのだが、こうした文学形式は、聖書でも使われているし、その後の文学、例えば、マルグリッド・ユルスナルスの「ハドリアヌス帝
日本武尊東征の帰りに、「新治筑波を過ぎて幾夜か寝つる」と片歌で問いかけたところ、御火焚の翁が「かかなべて夜には九夜日には十日を」と片歌で答えたという場所ですね。酒折宮は「連歌発祥の地」と言われて、碑が建っています。こちらの宮の由緒書によると
「小川後楽の煎茶の魅力」暮しの設計 伝統シリーズ3 中央公論社のスキャン中。世に抹茶を使った茶道あり。しかし、煎茶を使った煎茶道アリとは、高校ぐらいまで知らなかった。日本の煎茶道で茶を喫したことはないのだが、不思議な御縁で、煎茶を味わったこ
軍事専門家なら誰でも知っていることだと思うが、ニュースに使う場合。強調したり引用したりする場所が違うのが面白い。それぞれ意図的にやっているわけだが、これは全部載っているので、わかりやすいというところ。こんな風に分けると、いいと思う。「今回発
NHKの「思い出のメロディ」で、「新聞少年」を、すっかりおじさんになった山田太郎が歌っていた。昭和40年の歌だとか。その少し前だと思うが、小学校の同級生で、新聞配達をしている子がいた。好奇心から、ついていったら、ちょっと意外なことがわかった。
夏休みに入ったというニュースを聞くと思いだす。海の日に、近くの公園で、町会主催のスイカ割りをやるので、数回手伝いに行った。子どもたちが全員やってしまうと、余ったスイカを使って、スタッフもやった。力自慢が当てても、端を欠く程度にしか割れないの
NHKでスウェーデン駐在武官だった小野寺 信大佐(後、少将)と、妻、百合子のことをドラマにして放送している。先日、友人の書いた「終戦のマグノリア」という東大の教官などによる終戦工作(モデルは京大の終戦工作)という小説を読んだばかりであり、ち
今日NHKで、上野動物園の動物の戦時殺処分について取り上げていた。それで思い出したのだが、ウチの息子が小さいときに、一度だけ童話を読んでやったことがある。読んだのは、「かわいそうなぞう」という、土家 由岐雄(1904 - 1999)原作の童話で、上野動
島田虎之助のことば「心正しからざれば剣又正しからず(ここは「亦」を使うべきだろうが、天保十年、26歳の時の言葉だそうだから、まぁ仕方がないのかも)」について、野間道場にも「剣心一如」の額もあるので知られた主旨かと思うが、段位・称号と心映えは全
『暮しの手帖』1968年夏号「特集戦争中の暮しの記録」の話がNHKで取り上げられていたようなので・・これ、後で保存版として単行本で出版された。大切な記録で、風化させてはいけないと出版した人たちが考えたからだろう。しかし21世紀に入ると、図書館で
お勉強に行ってました。行ったのは、東京学芸大学。千川上水の傍らを通って行くんですが、アジサイが見ごろでした。紫陽花は、酸性土壌だと青、アルカリ性だと赤くなる(リトマス試験紙と逆ですね)と聞いたように思うのですが、赤青交互に咲いているところも
講談社 野間道場を辞して、行くこともあるまいと思うので、思い出の品などアップしておく。これは、エスエス企画が作った「講談社 野間道場」というアルバム。柳原敏幸氏を通じて頂戴したもの。今の道場では掲載していない額などが写っていて、懐かしい。「
縁の薄いお寺で、行ったことなかったので軽視していたら、外典の古写本が幾つも国宝になっていて、見直してみたいと思って買った本だったと思う。佐和隆研の「石山寺の歴史と文化財」によれば、良弁僧正の創建と伝えられるものの、天平末年頃には檜皮葺の仏堂
絵馬を買う習慣は御朱印帳と同様ないのだが、それでも三つほど持っている。これは千葉県の香取神宮のもの。裏に願い事を書いて絵馬をかけるところに下げて帰るものだと思っていたら、持ち帰って部屋に飾っておけと言う。面白いなと思って、買ってきたのだ。こ
野間道場に紹介してくれた先生が、退会することを知らせた手紙を読んで、電話して来られた。アレルゲンの存在について、社会に出ればどの会社でもあることだろうと説得された。確かに、仕事している時なら、商売だからと適当にあしらったか、我慢して仕事とし
「訳注 太平広記 鬼部一」木村秀海 監修 堤保仁 編のスキャン中。図書出版青山社の高島照子さんからいただいたもの。元々は高島さんから依頼されて、藤井懶斎(ふじいらんさい)の「和漢太平広記」という本について調べたことによる。その返礼という訳だ。
「文藝春秋」が皇室関係者の執筆で、文芸春秋誌に掲載されたものの特集号を出していて、その冒頭に、こんな記事が載っている。昭和天皇が皇太子時代の外遊でパリに行ったとき、エッフェル塔で土産物が買いたいと言い出した、側近が欲しいというものを選び取っ
盤珪 永琢(1622 - 1693)の不生禅。公案というのは、一つの教育方法であったが、盤珪禅師は「古反故」と否定もしている。「不生の仏心」とは、生まれないということではなく、もとから備わっているという意味。霊妙な仏心は、はじめから自分に備わっているも
宋になって、禅宗は発展するのだが、問答において、唐時代のような問い返しの機能は考えなくなっていった。そして問答が、答の導き出せない、非論理的、或いは超論理的な言葉のやり取りだと解釈されて、「公案」と呼ばれるようになった。「公案」とは本来、役
これは洞山良价(807 - 869)の話。質問者が「如何是佛(いかなるかこれ佛)」と尋ねると、答は「麻三斤」だった。※これの答 たとえば↓こんな解釈をする人たちもいる。 http://www.geocities.jp/tentomsi2004/Q218.htm しかし、小川先生はもっと具体的な
こころの時代「禅の語録を読む」駒沢大学教授 小川隆 聞き手 金光寿郎難解と思われてきた禅の問答が、実は具体的背景を持って述べられていることがわかってきた。唐代の問答は、全く不条理ではない。小川隆が高校生の頃、岩波文庫の「臨済録」を買って読ん
Eテレの「100分de名著」司馬遼太郎スペシャル見てました。結論部分ですが、司馬は昭和史を書きたかったけど書けなかった。理由は戦争体験にあるという話、納得です。この番組では触れていなかったが、戦時中、戦車兵になった司馬が、本土決戦が近づいた時上
Eテレでやっていた「こころの時代」さとりへの道 華厳経に学ぶ 6 の内容メモ。講師は東京大学名誉教授木村清孝。『華厳経』1600年前に成立。縁起的世界観。「インドラの網」宮沢賢治詩人・小説家 高銀(1933-) 小説『華厳経』「剣と火、そしてすべての
2015年10月31日に放送されたETV特集の録画を見る。FOUJITAとは藤田嗣治。この番組は、今まで見られずにいた藤田を見せてくれた。いろいろ感じることはあったのだが、メモとして残しておく。彼が青春を送ったのは、エコール・ド・パリ(外国からパリに来た