Cream - 「Live Cream II」ドラムの「ジンジャー・ベイカー」は、ヒーローであり憧れでした。無理やりツーバスにしてタムタムの低いセッティングなどもすべて彼の影響です。ジミヘンのカバーはパープルヘイズだけだったのに、クリームはホワイトルーム、サン
The Jimi Hendrix Experienceー「Live At Monterey」ドラマーとして誰の様になりたかったのかと問われればそれはもう「ミッチ・ミッチェル」なのでした。バンドに(って言うかジミヘンに)火を付ける役割っていうのが滅茶苦茶カッコ良かったですね。影響を受
DEEP PURPLE - 「LIVE IN JAPAN」高校時代は、ドラムを購入してドラムを叩くこと自体が楽しくて友達のやりたい曲を文化祭などでやっている感じでした。大学生になってバンドやろうぜ!ってなって最初に音合わせしたのがディープパープルでした。ドラマーのイ
Curtis Mayfield ー「There's No Place Like America Today」1975年に発表されたアルバム。私とお付き合いのある方やいつもレビューを読んで下さる方はある程度ご存知だとは思いますが、嫌いではないですけどブルース以外のブラックミュージックに結構疎いで
Tom Waits ー「The Heart Of Saturday Night」1974年に発表されたトム・ウエイツのセカンド・アルバム。ロックなものもアヴァンギャルドなものもストーリー性が強いものも全部好きなのですが(全部持ってる)、一枚だけならコレです。まず楽曲のレベルが高い
Pentangleー 「Pentangle」英国フォーク/トラッド・シーンを代表する名バンドが1968年に発表したデビュー作。中心メンバーは、ジョン・レンボーンとバート・ヤンシュの二人のタイプの違うギターの名手。トラディショナル出身の女性ヴォーカルとジャージーな
Nick Drake - 「Pink Moon」ニック・ドレイクは、イギリス出身のフォーク・シンガー・ソングライター。1972年に発表された3枚目の、そして生前最後のアルバム。1969年にデビューしてから二枚のアルバムを発表するもセールスが芳しくなく、元々患っていたうつ
Rush - 「Moving Pictures 」カナダ出身のラッシュが1981年にリリースした8枚目のアルバム。ラッシュの中で1番売れた作品(全米で400万枚)です。音楽性を確立した頃がリアルタイムだったのでラッシュはプログレ系の中でも特別なバンドです。ほとんどの大御
Stray Dogー 「Stray Dog」1973年にマンティコア・レーベルから発表されたデビュー作。元々は、アメリカ出身のバンドでギター&ヴォーカルのスナッフィ・ウォルデンを中心に後にアメリカ人2人にイギリス人が1人の英米混合のグループとなり、グレッグ・レイ
Mott The Hoopleー「The Hoople」1974年に発表されたベストやライヴアルバムを除けば最後の作品。モットザフープルと言えば、グラムロックに分類される事が多いとか「すべての若き野郎ども」がデヴィッド・ボウイから提供されたバンドくらいの知識しかないロ
Cactusー「Cactus」1970年に発表されたファースト・アルバム。元々、ティム・ボガードとカーマイン・アピスのリズム隊と組みたかったジェフ・ベックが怪我をしてしまい話が流れてしまった為にジム・マッカーティー、ラスティ・デイと共に結成されたグループで
Yellow Magic Orchestraー「PUBLIC PRESSURE (公的抑圧)」1980年に発表された初のライヴアルバム。79年に米英日で行われたコンサートから厳選されている他、契約の関係でサポート・ギタリストの渡辺香津美のプレイをカットせざるを得なかったので坂本龍一が
河合その子ー「Siesta」1986年に発表されたセカンド・アルバム。おニャン子クラブと言うと素人集団みたいなイメージがありますが、実はプロダクションに所属していたりモデルなど芸能活動をしていた子も数多くいて所謂素人っぽさをウリにしていたグループでし
Banco del Mutuo Soccorsoー「Banco del Mutuo Soccorso」イタリア出身のバンコが1972年に発表したデビュー作。PFMやアルティ・エ・メスティエリ、アレアなどを聴いて既にイタリアのプログレに興味を持っていましたが、バンコを初めて聞いた時はそのイタリア
Genesis - 「Abacab」ジェネシスが1981年に発表した11作目のスタジオ・アルバム。日本で人気のある時代は、70年代のピーター・ガブリエル在籍時とか80年代後半のメガヒット時代かなと思います。ただ、個人的に最もよく聞いたのはリアルタイムと言う事もありま
Gentle Giant ー「Octopus」イギリスのプログレッシブ・ロック・バンド、ジェントル・ジャイアントが1972年に発表した4作目のスタジオ・アルバム。全員がマルチプレイヤーでこの手のグループの中でもトップクラスのテクニックを誇ります。今でこそたくさんの
Affinityー「Affinity」1970年に発表された唯一作。内容の良さもさることながら、キーフのジャケットでヴァーティゴレーベルからデビューと言う事でその筋からは早くから注目されていました。一般にはプログレに分類されていますが、ブラスロックやジャズロッ
Colosseumー「Live」リーダーでドラムスのジョン・ハイズマンを中心に全員がリーダー作を制作出来るくらいのハイテク集団だったコロシアム。彼等のと言うだけでなく英国ロックの代表作でもあり、ライヴ・アルバムとしてもジャズロックとしてもどんな切り口で
Soft Machineー「Bundles」ソフト・マシーンに初めて正式なギタリストが加入して制作されたアルバムです。そのアラン・ホールズワースの技量が存分に楽しめる一枚です。アルバムの中核を成す組曲のHazard Profileは当時のメンバーが過去に複数在籍していたニ
Patto -「 Hold Your Fire 」ヤン・アッカーマン、ジョン・マクラフリンと共に自分にとっての三大ギタリストの一人がオリー・ハルソール。タイムボックス、パトゥ、テンペスト、ボクサー、ケヴィン・エアーズなど(ノンクレジットながらラトルズにも)様々な
The Keith Tippett Group – 「Dedicated to You, But You Weren't Listening」ジャズ・ピアニストのキース・ティペットが率いたグループの二作目。クリムゾンのキャット・フードの演奏などで知られ、フリップからの正式メンバーの要請を断ったエ
Robert Fripp ー「Exposure」ロバート・フリップの一番売れた?ソロ・アルバム。この42枚の中に、ビートルズやプログレ四天王の作品は一切入れませんでした。ビートルズとクリムゾンだけで40枚くらいになってしまうし、イエスの「危機」などは私が選ばなく
Roger Watersー「In the Flesh」80年代にソロになってからも勢力的に活動していたロジャーでしたが、アルバムの売り上げもツアーの動員数も再結成フロイドに完敗。ソロ作としては最も成功した92年作の「Amused To Death 死滅遊戯」(イギリス最高位8位、アメ
Premiata Forneria Marconiー「Live In Japan 2002」2002年に行われた二度目の来日公演を収録したライヴ・アルバム。これは、名盤云々ではなく、完全に思い出の作品です。たぶん、初めてイタリアのグループを生で見たのがこの時なので。メンバーは、ディ・チ
VITTORIO DE SCALZI LA STORIA DEI NEW TROLLSー 「CONCERTO GROSSO LIVE」2001年に発表されたライヴ・アルバム。約20年前には、ニュー・トロルスはニコ・ディ・パーロ、ジャンニ・ベッレーノ、そしてヴィットリオ・デ・スカルツィ主導の三組のトロルスが存在
CARMENー「Fandangos In Space(宇宙の血と砂)」アメリカ人ギタリストのデヴィッド・アレンを中心に結成されたカルメンの1973年に発表されたデビュー・アルバム。米国での活動は鳴かず飛ばずだったらしいですが、英国に渡りジョン・グラスコックとポール・フ
新しい学校のリーダーズー「若気ガイタル」2019年に発表されたセカンド・アルバム。これ以降の新曲はすべて配信に移行しているのでCDとしては今のところ最後の作品。頻度の違いはあれど、全ての曲が今でもライヴで披露されています。古いアルバムばかりを選び
Jacksー「Vacant World(ジャックスの世界)」スパイダースなどと共に日本のロックの始まりの一つとなったグループと言われています。かなりヘヴィな音楽性なので演奏する場所を確保するだけでも大変だったとメンバーが回想しています。現在でもマニアックな
村八分ー「ライブ」一言で言えば、ストーンズ・タイプのロックンロールバンド。ただ、形だけの模倣じゃなくて強力なオリジナリティーがあります。歌詞の毒性も強い。ヒリヒリするロックンロールの道を切り開いた功績は大きく、その後のストリート・スライダー
憂歌団 ー「生聞59分」ブルース・ロック・バンドは数あれど、アコースティック・ブルースのスタイルで活動したグループは海外を含めても少ないと思います。しかもユーモアもあって滅茶苦茶上手い。このアルバムは、初のライヴ録音。ライヴでこそ映える憂歌団