5月29日、日曜日、晴れ、暑い。久しぶりの昼夜のダブルヘッダー。午前11時過ぎに渋谷に到着。ちょこっとタワレコに寄りつつ現場へ。会場は渋谷近未来会館。 Hot Three man Live「Hey!Hey!Hey!」〜マミーとスパイとクマの日〜ヘイマミー初主催の3マン。午後1
1972年発表のセカンド・アルバム。今やオークランド・ファンクの大御所。重厚なホーンセクションのみならず、ベースのフランシス“ロッコ”プレスティアとドラムのデイヴィッド・ガリバルディの強靭なリズム・セクションがグループのウリだった。彼等の場合、
1970年発表のLPでは二枚組だったトリオ時代のライヴ・アルバム。当時は、ツェッペリンとどちらが音が大きいかと議論になるほどのヘヴィロックの旗手として知られていた様だ。曲は長いし後のアメリカンバンドほどキャッチーではないが、今の耳で聴くとソロ以外
1981年発表のアルバム。前には「ラヴハンター」「フール・フォー・ユア・ラヴィング」後ろには「スライド・イット・イン」「サーペンス・アルバス」という話題作、ヒット作に挟まれながらも個人的には彼らの最高傑作と認識している傑作。まず、楽曲が良い。デ
何かキツネにつままれた様な事故で逝ってしまった翌年の1991年に発売された未発表曲集。完全な未発表曲だけではなくカヴァーやライヴの定番曲なども含む。若い人にはピンと来ないかもしれないが、80年代にこのサウンドで勝負したのは本当に凄いと思う。時代を
1963年発表のアルバム。ロックの始まりはエルヴィスだったかもしれないが、少なくとも日本においてバンドブームの先駆けとなったのはビートルズでもストーンズでもなくてヴェンチャーズだった事は多くの人が知識としては知っていると思う。ただ、サーフサウン
1985年発表のヒット作。全米ではシングルチャートのトップ40に4曲も送り込んだ。デビュー時は渋いブルースロックだったが、前作のイリミネーター辺りからデジタルビートを大胆に取り入れる様になった。デジタルでカラフルな80年代を生き残るための工夫は賛
グループ解散後の1972年に発表された当時の未発表ライヴ・アルバム。今改めてクリームを聴き直してみるとスタジオ録音の多くは時代を感じさせるミックスで「カラフル・クリーム」などは初心者にはオススメしない。「クリームの素晴らしき世界」は、クロスロー
プログレバンドの中でもイエスは各メンバーがソロ・アルバムやユニット作を活発に出しているグループだ。この作品は、1973年に発表されたリック・ウェイクマンのソロ・デビュー・アルバム。イエスのアルバム(イエス・ソングス)でも一部が披露されているので
T・レックスの代表作って「電気の武者」か「ザ・スライダー」じゃないの?ちょっとロックを知っている人ならみんなそう思うだろう。名盤ガイドなどを見てもほぼ100%と言ってもいいくらいの確率でどちらかが選ばれている印象だ。マーク・ボランにハマった人間
5月20日、金曜日。新しい学校のリーダーズのワンマンライブ「むむむ!?無名卒業ライブ ~AG! FRIDAY AFTER SCHOOL~」に参加してきた。会場は、東京・Zepp DiverCity午後6時開場。自分のチケットは前回のワンマンの会場で購入した手売りチケットでB90番。Aの人
1999年発売の未発表曲集。彼等は、セカンド・アルバム「火の鳥」を発表後にサード・アルバムの制作に取り組むが、メンバー間の軋轢が酷くなり、結局ライヴで披露していた新曲だけを収録したライヴ・アルバム「虚無からの飛翔」を発売して1973年末に解散した。
1974年発表のアルバム。英国で脚光を浴びたが米国出身のロン(キーボード)とラッセル(ボーカル)のメイル兄弟が中心のグループ。ユニークな音楽性が特徴で自分はパワーポップかと思っていたが検索するとポップロックやらニュー・ウェイヴやら呼び方は様々だ
1973年発表のアルバム。アラン・ホワイトがスタジオアルバムとしては初めて参加した。全4曲で二枚組。LPでは片面1曲。その内の3曲が20分を超える。アルバムがジョンとスティーヴ主導で進められたと言う事もあるかもしれないが、キーボードのリック・ウェイク
1978年発表のファースト・アルバム。ある一定の世代には、好きとか嫌いとか言うレベルを超えてエルヴィスやビートルズ並みに影響を与えたであろうグループ。当時、友達が学校に持って来たのを貸してもらった記憶がある。最初に聞いた感想は「ギターがいなくて
「お望みなら世界最高のロックバンドをつくってやろうか?」前年のビッチェズ・ブリューでエレクトリックジャズを確立させたマイルスが1971年に発表したアルバム。メンバーは、LPのA面だとジョン・マクラフリン、ハービー・ハンコック、スティーヴ・グロスマ
1984年発表のファーストアルバム。LPでは二枚組だった。前年に「リラックス」がヒットしていたのでアルバムも大ヒットした。バンドとしてよりもユニットして語られる事が多いのはサウンドにプロデューサーのトレヴァー・ホーンやZTTレーベルの趣向が大きく反
1975年発表のソロとなってからは9枚目のアルバム。インプレッションズ時代から甘いファルセット・ヴォイスで人気があった人ですが、その歌声とは裏腹にもの凄く芯の通ったミュージシャンでした。ありのままを歌う事に躊躇がなかった。それはジャケットにも表
1979年に発表されたアリスタ・レコード移籍後三枚目のアルバム。前作からベースに元アージェントのジム・ロッドフォードが加わりロックオペラからロックンロールへ回帰していた頃の作品だ。パンクへの返答と言った意味合いもあったのかもしれない。だが、サウ
1981年発表の通算四枚目のアルバム。オリジナルメンバーでの作品では最も売れなかった。ヴァン・ヘイレンの魅力はエディの代名詞となったタッピングなど技術的な面も確かにあるが、いかにも米国らしいカラッとした明るいサウンドがファンを引き付けたのではな
1982年発表のオリジナルメンバーでの唯一作。スタイリッシュなファッションと音楽性から当時はファンカラティーナというジャンルに分類されていた。中心メンバーはヴォーカル、ギターのニック・ヘイワード。ネオアコ勢と同様に日本の渋谷系のグループにも影響
1981年に発表されたサード・アルバム。TOTOの初期作品は名作揃いで通なロックファンに人気のある「宇宙の騎士」99などがヒットした「ハイドラ」そして、世界的に大ヒットを記録した次作の「�検廚覆匹藁匹�語られるのだがこのアルバムだけはあまり話題にならな
1981年発表の三人になってからは三枚目のアルバム。特に日本において絶大な人気を誇るピーター・ガブリエル。だが、彼を聴きたいと思ったらジェネシス時代のアルバムではなくソロを聴く。ジェネシス名義ならビル・ブラッフォードが加入した頃からインヴィジブ
1980年発表のアルバム。前作が「女たち」で次作が「刺青の男」と言うヒット作に挟まれているため一般的には地味な扱いを受けている作品。リードシングルがダブを取り入れた「エモーショナル・レスキュー」だったのでまだロック初心者だった自分はかなり驚いた
1999年発表のアルバム。純粋なオリジナル・アルバムとしてはギター・ショップ以来10年振り。個人的に、80年代までの来日公演はすべて見逃していて(86年の軽井沢は誘われたのに断った)フー・エルス!ツアーが初ベックだったので思い出深い。自分はギタ
1981年発表の通算9枚目のアルバム。日本ではポップなものより尖ったものが評価される風潮がある。例えば、ポールよりジョンだろとか、ミックよりキースだろみたいな。10ccにおいてもゴドレイ&クレームの評価はすこぶる高い。まぁ、自分もそっち方面は大好き
1994年に発表されたボストン4枚目のアルバム。「幻想飛行」「ドント・ルック・バック」と言うお化けアルバムや80年代に華麗に復活した「サード・ステージ」などに比べると影が薄い。諸事情でブラッド・デルプが参加出来なかったため、いよいよトム・ショル
トム・ウエイツが1983年に発表したアルバム。長年在籍したアサイラムに発売を拒絶され、新たにアイランドと契約してからの第一弾となった作品。初期のトム・ウエイツと言えば、SSWとかジャズ・ピアニストとか酔いどれ詩人なんてイメージが強いが、自由奔放な