三連休〆はSOMPO美術館へ行きユトリロ没後70年を堪能しました。全て撮影可では無いのですが一割くらい撮影禁止作品が在ります。ユトリロは画家でもあった母ヴァラドンの私生児で誰のタネかわかりません、ヴァラドンの相手の一人である画家兼批評家ユトリロが認知したので、ユトリロの姓を名乗ってます。未成年の内アル中になったモーリス・ユトリロは銀行家未亡人と結婚して、其の未亡人がワインを水を入れたりして20世紀を跨ぐ破滅的に見える画家にしては71歳迄長生きています。
『モンマニーの3本の通り(ヴァ=ドワーズ県)』1908頃八木ファインアート・コレクション蔵
『ベルト王妃のらせん階段の館、シャルトル(ユール=エ=ロワール県)』1909八木ファインアート・コレクション蔵…ユトリロは戸外で、絵を描く事は無かったそうです。絵葉書からアレンジして絵にする手法をとったそうです。絵描きはアル中治療の一環でした。
『廃墟の修道院』1912パンピドゥセンター蔵
『オーモン近郊の学校(ノール県)』1926個人蔵
『雪のサン=リュティック通り、モンマルトル』1933頃 個人蔵
『ラヴィニャン通り、モンマルトル』1940-42頃個人蔵
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