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2019年06月24日16:36

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蜂須賀敬明『横浜大戦争 明治編』(文藝春秋、2019年)を読む

 小説でも「ご当地もの」は少なくない。たとえばドラマや映画化もした、三上延『ビブリア古書堂の事件手帖』(メディアワークス文庫)の舞台は鎌倉で、その描写が物語の臨場感を高めてくれている。
 一方で、お隣の横浜といえば、市域が広すぎてまとまりを欠くせいか、意外とすぐに思い浮かぶお話がない。柞刈湯葉『横浜駅SF』(カドカワBOOKS)は確かに横浜駅を舞台にしてはいるけれど、横浜駅自体が勝手に増殖、拡大したお話なので「ご当地もの」とは言い難い。その発想や物語の展開はとても面白いのだけれど。

 ところがそうした前提をぶち壊すような小説に出くわした。蜂須賀敬明『横浜大戦争』(文藝春秋、2017年)である。横浜市内の各区が擬人化して、土地神として誰が横浜の中心なのかをめぐって戦うという破天荒なお話である。横浜市18区それぞれに人格や特徴が与えられ、また戦いの舞台も横浜市内ということだから、究極の「ご当地もの」と言えなくもない。
 そしてその続編が、書店に並んでいた。それが蜂須賀敬明『横浜大戦争 明治編』(文藝春秋、2019年)である。

 1893(明治26)年に迷い込んだ中区、西区、保土ヶ谷区の土地神が、その時代の人びとと土地神たちと一緒に活躍するお話である。市制が施行され横浜市はすでに1889(明治22)年には存在していたものの、市域は現在の中区と西区の一部に過ぎない。区制に至っては1927(昭和2)年の成立で、市域の拡大も各区もそれ以降、段階的に行われた。

 お話の筋はともかく、設定はしっかり踏まえてある。明治の横浜についても、たとえばいまの横浜スタジアムにつながる横浜公園の描写がある。ここは幕末に遊郭があった場所だけれど、1866(慶應2)年に焼失(豚屋火事)し、跡地が洋式公園として整備された。また、山下公園は関東大震災後に埋め立てられたものだから、この時代にはない。元町百段(元町から山手に至る階段、関東大震災で崩壊)も出てくる。
 欲をいえば、山手のフェリス女学院に戦前あったとされる風車も登場すればよかったなと思う。完成が1888(明治21)年で、高台の風車は横浜港の船からでも確認できたというから、このお話の時代にはすでにあったことになるからだ。

 いずれにしても、こうした設定をしっかり踏まえて物語が紡がれるのは、単に「ご当地もの」というだけでなく、その土地の歴史にも関心を抱かせてくれる。

 横浜は確かに前近代における歴史はそれほど深くない。もちろん、神奈川や保土ヶ谷は宿場町として近世に栄えており、戦国時代には後北条氏がこの付近を統治していた。ただ、いまの横浜マリンタワー付近にあったとされる横浜村は漁業を営む寒村に過ぎなかったし、市域全体としての歴史的まとまりはない。
 ただ、近代以降は極めて濃厚である。幕末から明治の発展、大正期の震災と復興、昭和初期の大空襲、そして戦後の再復興、平成の再開発。そこには貧富の深刻な差、公害など社会問題も存在した。それらを物語として再構成できる余地が、この物語にはまだまだありそうな気がする。

https://books.bunshun.jp/ud/book/num/9784163909776
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