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2019年02月23日17:32

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みなとみらい今昔

 みなとみらいにロープウェイといっても、いまから30年前の話。横浜博覧会(横浜博)でも、ロープウェイが活躍していたそうだ。1989年に、みなとみらい地区を会場として約半年間、開催されていた博覧会。横浜駅東口のそごう前から、会場に乗り入れるかたちで運行していたという。いまのパシフィコ横浜手前あたりに乗り場があった。

 当時は、貨物線、臨港線のレールがまだ残っていて、桜木町駅から会場を往復する汽車も走っていた。その跡は現在、汽車通という遊歩道になっている。

 私が横浜で暮らすようになったのは、1997年の春だから、博覧会の名残りをとどめるものはそう多くなかった。そごうにあったとされるロープーウェイの乗り場も、撤去されて久しく、東口再開発の一環として真新しいスカイビルが完成したばかりだった。

 ただ、みなとみらいは、いまと違ってまだ空き地だらけで、臨港パークも一部工事中だった。そのうちに、クイーンズスクエアが完成し、コスモワールドの観覧車が移転、新港地区にワールドポーターズもオープンし、赤レンガ倉庫も改装された。商業施設は1990年末から2000年代はじめにかけて相次いで建設された。
 一方、みなとみらいの北側、横浜駅と隣接するあたりは長らく空き地が目立っていた。バブル期に計画されていた超高層のツインタワー計画なども、景気の低迷などからとん挫しており、期間限定で低層のショッピングモールや映画館、結婚式場などもできていた。潮目が変わったのは2000年代半ば頃で、タワーマンションが林立するようになり、雰囲気も一変した。

 2010年代に入ると、オフィスビルの建設計画も動き出し、放置されてきたみなとみらいの北側も、次第にオフィス街っぽくなってきた。いま建設中のビルも含めると、この付近における労働人口はさらに増加することになる。ただそうなると、タワーマンションで暮らす人たちとオフィスに通勤する人たちの移動にも支障が出る。すでに通勤、帰宅時間には横浜駅東口からみなとみらい北側にかけて、サラリーマン、学生、そして観光客がぞろぞろ歩く光景が日常化しているけれど、それも限界が近い。

 今回、桜木町駅からロープーウェイは観光客向けの施設で、桜木町からやや歩くことになる新港地区への移動の足がひとつ増えることは悪くない。ただそれ以上に、横浜駅東口の乗降客対策(駅出入口の増設)も進めないと、年がら年じゅう混雑が続くようになりかねない。

 また、移動手段を増やして、利便性を高めるということなら、本牧地区にみなとみらい線を延伸させるとか、そうしたほうが街全体の発展も見込めるような気がするのだけれど。横浜も、いまはみなとみらいと横浜駅周辺ばかりが発展していて、地域による格差が拡大しているように思う。

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みなとみらいにロープウエー
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