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2018年11月13日16:16

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政治史から見直す「元徴用工」訴訟のかたち

 昨日、金恩貞『日韓国交正常化交渉の政治史』(千倉書房、2018年)について触れた。専門書を読むのはいつも骨が折れるのだけれど、動機となったのは韓国大法院(最高裁)が10月30日に出した「元徴用工」判決だった。
 これを報じた日本のメディアの解説で、腑に落ちたものは少なかった。そもそも、日本側は請求権について、日韓国交正常化時点で「完全かつ最終的に解決された」という見解を示し、対日請求権そのものが消滅していると捉えている。本当にそうなのだろうか。条約によって、個人が裁判する権利すらはく奪されることはあり得るのだろうか。

 もちろん、国家賠償など、国と国の間に横たわる請求権は、国交正常化において結ばれた条約や協定によって「解決された」と理解できる。しかし、個人が請求できる権利までも消滅したと見なせるのか。
 たとえば、戦後に日本人でもシベリア抑留者がいたけれども、彼らが過酷な労働と劣悪な環境にさらされたことについて、ソ連(ロシア)側の責任者に補償を求める裁判を起こす権利も、日ソ共同宣言ののちは消滅しているのか。

 日韓国交正常化交渉において、請求権は何も日本に対するものばかりが議論されたわけではない。実は対韓請求権、すなわち終戦を経て朝鮮半島に残してきた資産について、日本から韓国に請求する権利の是非も焦点のひとつになっていた。
 これについて日本は、サンフランシスコ平和条約において、確かに朝鮮の独立を承認し、請求権の放棄にも合意している。一方で、同じ条約において「連合国」も日本への請求権は放棄している。これで日本は、第一次世界大戦後、ヴェルサイユ条約においてドイツが課されたような巨額の賠償を支払う必要はなくなった。
 ただ、これはあくまでも、連合国と日本の間で結ばれた条約であり、連合国には含まれない韓国と日本にそのまま適応できるものではない。韓国と日本が国交を結ぶには、両国間の合意を経なければならない。

 韓国側は、日本統治時代に独立を侵害され、苦痛を受けたことを理由として、賠償を請求する姿勢をとった。しかし日本側は統治は併合条約による正当なものであり、賠償も朝鮮半島の統治権を放棄したことによって、相応の資産移譲が事実上行われたことをもって、相殺されるとした。
 このあたりが、初期の日韓国交正常化交渉の大きな対立点となった。日本にとっては「韓国が賠償や対日請求権を求めるのなら、こちらも対韓請求権を行使する」としたのである。
 ここでいう対韓請求権は具体的に、戦前から戦中に韓国に経済基盤をもち、戦後に引き上げてきた人たちの資産を指す。国の資産については、統治権を放棄した段階で消滅したと見なす。

 結局、国交正常化交渉を進展させるためには、法律論的な議論を続けても意味がないということになり、賠償や請求権を棚上げにして、日本が韓国側に経済援助というかたちで資金を提供することになった。このなかに、対日個人請求権も含めるとし、使い道については韓国政府に委ねるというかたちとなった。
 これだけみると、元徴用工の人たちも請求先は日本企業ではなく、韓国政府にという理屈が成り立ちそうだ。実際、日本政府は朝鮮半島や中国、シベリアなどの引揚者に対して、特別交付金を支給するなど法整備を行っている。

 しかし日本もまた、各国に対する個人請求権については、韓国に限らず、消滅しているという見方はとっていない。ただ、個人が被害を受けた国に賠償を請求する際の、外交保護権を放棄する、としている。
 外交保護権とは、自国民が被害を受けた国に対して損害の追及や賠償の請求を行う場合、それを国が受けた被害や損害と見なす、つまり国と国同士のことと捉える権利である。それがないということは、個人が外国を訴える場合でも、個人の資格で勝手にやって下さいよ、というようなニュアンスになる。
 つまり、事実上は獲得の見込みはないにしても、個人請求権を保持しておくことによって、引揚者などの財産も、場合によっては返還される「余地」を残したというわけである。そうすることによって、国としても補償の負担を少しでも抑えたいという意図があったと思われる。このように、日本にとっても個人請求権が「完全かつ最終的に解決された」とは明確に言えない事情がある。

 「元徴用工」判決は、韓国司法において行われているため、韓国の国内法がどういうものなのか分からない私は、法的にどういう構成で今回の結論を導いたのか、断言できる材料をもたない。
 ただ、国交正常化交渉で明らかになっている通り、自国民の救済を自明のものとするならば、韓国政府が元徴用工の人たちに補償を行うことがまず第一に求められる。このあたりの詳細や経緯が伝わってこないのも疑問が残る。

 仮に韓国司法が、報道のように強制労働など、一般的に想定される請求権の枠外のことを理由に、各企業への損害賠償を認める姿勢をとっているのだとすれば、日韓基本条約やそれに付随する協定について、韓国政府の見解もはっきりさせるべきだろう。
 もちろん、見解の変更が日本政府も容認できるものなのか、その是非は別の問題である。ただ現時点において、日本側からアプローチできるものではなく、韓国側の対応を注意深く見極める段階との印象をもつ。
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