mixiユーザー(id:2502883)

2015年08月25日21:09

440 view

女性たちの歴史物語 その時代的制約について

 歴史のなかで、女性が領主や国王、皇帝として国を率いた例は、洋の東西を問わず、少なくない。中国では、唐代に則天武后(武則天)が自ら帝位に就いている。ヨーロッパではもっと多くて、イギリスのエリザベス一世やヴィクトリア女王は、大英帝国の栄光とともに語られる存在であり、オーストリアのマリア・テレジアや、ロシアのエカチェリーナ二世らは、啓蒙専制君主として自国のみならず近代ヨーロッパに強い影響を与えた。

 日本の場合はどうだろう。天皇のなかでも、女性が皇位に就いた例はある。それは次期後継者をめぐる中継ぎ、摂政的な役割を求められたものだった。けれどもたとえば、持統天皇は白鳳期、すなわち皇位が政治的指導者として最も強かった時代において、安定した統治を行っている。その政治権力は孫に譲位してからも維持しており、決してお飾りの存在だったわけではない。

 中世、平安時代末期から鎌倉時代初期にかけても、朝廷、幕府を支え、絶大なる権勢を誇ったのは女性だった。ひとりは丹後局であり、もうひとりは北条政子である。慈円の『愚管抄』に曰く、「女人入眼の日本国」とは、女性が国を指導している当時の社会をよく示している。
 室町時代でも、将軍御台所の日野富子の権勢が伝えられている。従来は悪女の代名詞とされてきた彼女も、貨幣経済の浸透とそれによって変質してくる幕府政治のなかで、したたかに生きた人物と捉えられるようにもなってきた。

-----

 近年、戦国史においても、女性の役割がどのようなものだったのかについての研究が盛んになった。それまでは一般的に、男性を支える立場か、影の実力者として権勢を振るった程度に考えられていた人物も再評価が進んでいる。

 もちろん、彼女たちの活躍を示す史料は決して多いわけではなく、「領主」だからといって額面どおりに捉えることは危険である。今川氏の盛衰とともに生きた寿桂尼は、夫に代わって政務に関与し、息子たちへの家督継承にも強い影響力をもった。しかしそれは、夫が病を得、息子たちも幼年、また家督をめぐって内紛状態にあったという事情も考慮せねばならない。彼女の権勢が絶大だったのであれば、そもそも内紛、内乱が起こるわけではなかったから、そこに「代理」としての限界があったことも否定できない。

-----

 そんな今川氏の強い影響下にあったのが遠江の国人・井伊氏であった。今川氏の台頭と衰退という目まぐるしさと、それによって一族や重臣たちが相次いで命を落としていくなかで、やはり幼年の次期後継者(のちの井伊直政)の中継ぎとして白羽の矢を立てられたのが、「女地頭」井伊直虎である。

 歴史の教科書に載るような活躍こそないものの、戦国期の遠江が物語の舞台であること自体は面白そうだ。東に駿河の今川氏、北に甲斐・信濃の武田氏、西に三河の松平氏がいて、政治権力が交錯し、桶狭間の戦いや三方ヶ原の戦いにつながるような、群雄たちの覇権に関わる場所でもあるからだ。

 ただ如何せん、信頼できる史料は限られていて、それがドラマの脚本にどう影響を与えていくのかが問題となるだろう。戦国期の女性の立場を、現代風にアレンジし過ぎてしまうと、何だかよく分からない人物として描かれてしまうかもしれない怖さがある。他方、「代理」としての限界と、そのなかでもしたたかに生きる姿を映し出すができれば、案外よい物語になるかもしれない。

-----

 歴史をドラマとした場合、群像劇として登場人物たちそれぞれの成長や活躍を生き生きと描き、動かしていくのはいいことだと思う。ただ、それは安易な勧善懲悪や、現代劇の投影ではなく、「彼らがその時代の制約を前提としながら、それでも生きた証」というものを視聴者に示すべきだとも感じている。

 歴史を物語として描くというのは、いまとは社会も常識も異なる時代を映すということであり、そうした拘束があってもなお、いやあるからこそ見る者の心を動かすものであってほしい。このドラマに限った話ではないけれど、歴史ドラマはそうあるべきだろう。

-----

柴咲コウ、2017年大河ドラマ主演に抜てき 戦国時代の女城主の生涯演じる
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=54&from=diary&id=3582893
3 6

コメント

mixiユーザー

ログインしてコメントを確認・投稿する