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2015年08月06日01:49

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秩序を維持するという目的は、その手段を正当化できるのか

 冷戦期はともかく、現在の米国にかつてのような「世界の警察」としての役割を期待すべきではないという声も聴かれる。しかしその認識がどうであるにせよ、現在の世界秩序を維持するためには、各国や各勢力を放任していればよいというものでもない。

 オバマ政権の基本的な立ち位置は、「平和主義」である。もちろん、世界各国と良好な関係を維持しているわけではなく、潜在的な敵対関係、紛争の火種を抱える地域は依然として少なくない。
 しかしそれでも、イラク戦争を曲がりなりにも終結させ、軍事に拠らない秩序の安定という外交を模索してきたことは事実である。その結果、中東情勢が流動化したり、ロシアや中国といった大国が勢力拡大に動いたりしたことを、十分に阻止することはできていない。他方、米国の軍縮は、冷戦期以降、最も進んでいるのも確かである。

 ところで、米国が世界秩序の維持にそれなりの責任をもつ一方で、過度の軍事力に依存せずにこれを遂行するにはどうすべきか。今回、明るみになった米国の盗聴や諜報活動は、オバマ政権の「平和主義」を考える上で、必然的に表れるものだったといえる。

 もちろん、同盟国に対してすらも盗聴や諜報活動が行われていたことについて、各国首脳がいい顔をするはずがない。盗聴という行為は、国家間の関係においても公正なこととはいえない。
 しかし、武力行使や威圧をなるべく行わずに、各地域の秩序を安定させるということを最優先の課題、目的とするならば、その手段のひとつとして諜報というものが含まれるというのも、理屈としてはあるのだろう。

 もっともこれが、国家・政府による盗聴を容認するものにはならない。そもそも、米国の維持しようとする「秩序」は、米国にとって都合のいい世界のあり方であるという見方も可能である。

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 ただ、そうした秩序の下にいる我々は、同時に戦争や紛争が起きるのを望んでいるわけではない。といって、その秩序を維持するものとして、各国の自発的な行動、公正な態度を期待し、これを完全に受け入れるほどに信頼関係が備わっているとすべての人が思っているわけでもない。

 米国の覇権に対して不満をもっていたとしても、中東、中央アジア、南シナ海での緊張が高まった場合、批判の矛先が向くのは米国の不作為である。なぜ、世界各地の紛争に目を光らせておかないのだ、というものだ。
 そういう意味で、いまの国際社会は何だかんだいって、米国の関与というものに神経を使っている。それを懸念する、期待する態度はそれとしても。

 その上で、「国際秩序を維持するためには、たとえ方法においてとがめられるような行為でも是認すべきか」、あるいは「是認すべきとしても、どの程度まで許容されるべきか」ということは、常に念頭に入れておかなければいけない。
 平和というものを、世界各国の人々の公正と信頼に委ねるという態度をとるにしても、それに対して一定の留保を求めるべきと考えるにしても、この前提なくしては主張や行動に軸が据えられない。

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■安倍首相、盗聴に「深刻な懸念」=米副大統領、暗に認め謝罪
(時事通信社 - 08月05日 13:07)
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=4&from=diary&id=3551531
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