(続き)
3/13(水)、虎ノ門で1泊ついでに大倉集古館に寄り、それから東京都都美術館へ。
大倉集古館は、ホテルオークラとアメリカ大使館の間にある、日本で最初に設立された私立美術館。1917(大正6)年〜。
つい先日のNHK-Eテレ<日曜美術館>で竹内栖鳳の特集があり、そこで紹介されていた『蹴合』がここの収蔵品で、開催中の「画の東西〜近世近代絵画による美の競演･西から東から」展のポスターでは、この作品が大きく採り上げられている。
・会期 1/2〜3/17
古くは、回廊や六角堂を有する壮大な美術館建屋だったが、今は中国風の本館と庭のみ。登録有形文化財である。
所蔵品は、日本,東洋の古美術〜近世近代の日本美術、約3,500点。国宝3点、重要文化財13点が含まれる。
開催中の展覧会では、所蔵作品によって、近世近代の京画壇と江戸東京画壇の成り立ち発展を紹介する。全31点。
江戸時代の京画壇からは、狩野派 山口雪渓(1648-1732)『十六羅漢図』(17c.後半)、円山四条派の円山応挙(1733-95)『雁図』(18c.後半),呉春(1752-1811)『漁夫図』(18c.後半)、そして伊藤若冲(1716-1800)の珍しい版画『乗興舟』(1767)、明治以降では、竹内栖鳳(1864-1942)『蹴合』(1929)、川合玉堂(1873-1957)『高嶺の雲』(1909)他。
江戸東京画壇からは、江戸狩野の祖 狩野探幽(1602-74)『松竹に鶴、柳に猿図』(1667)、その末裔から発展を遂げた横山大観(1868-1958)『瀟湘八景』(1927)。室町に戻っては、前島宗祐(生没年不詳)『鶏頭小禽図』(16c.)等。
素晴らしい作品が揃っている。
また常設では、国宝の木彫彩色『普賢菩薩騎象像』(12c.)を観る事もできて、大変ラッキーだった。
計画外の僥倖に心豊かに、とは言いつつも、急ぎ上野へ。
今回の上野は、エル･グレコとラファエロ、である。時代的には、後期マニエリスムから盛期ルネサンスに遡る。
東京都美術館「エル･グレコ展」
・会期 1/19〜4/7
大阪の国立国際美術館(2012年10/16〜12/24)らの巡回だから、そちらでご覧になった方もおられる事だろう。
エル･グレコ(1541-1614)は来年が没後400年である。
全51点の油彩及びテンペラ画、大回顧展と呼ぶに相応しい規模である。トレドからは大型の祭壇画も持って来られた。
結果として、エル･グレコの生涯と全貌が瞰て取れる展覧会になっている。
好き嫌いは措いて、観ておかなければ後悔するに違いない(と、少々教養主義的発言に自ら苦笑)。
グレコについては、20世紀以降新たな発見が続き、彼の理解は変容を来たしている。それらを今回の展覧会は吸収して構成している。
例えば、以前は、グレコの画家としてのスタートは、1576年スペインに来てからと信じられていたが、クレタ時代(1541〜1567)、ヴェネツィア(1567〜1570)及びローマ時代(1570〜1576)の作品が相次いで発見された。
今展には、クレタ時代のヴィザンツ様式による『聖母を描くルカ』(1563〜65)や、ローマ時代の『燃え木で蝋燭を灯す少年』(1571〜72)も並べられている。
また、彼の手紙や、蔵書への書き込みも見つかり、グレコの実人間像は大きく変化した。
書き込みがなされた蔵書(ジョルジョ･ヴァザーリの『芸術家列伝』とダニエレ･パルパロ編のウィトルウィウス『建築十書』)は、参考資料として展示されている。
それによると、彼の知識や興味は自然や哲学にも向けられており、グレコが、昔日言われたような「神秘主義の画家」でない事が、明らかになってきたのである。
この展覧会の監修者でもあるフェルナンド･マリーアスは「神秘の画家から哲人画家へ」と、その理解の変容を言い表している。
このような新事実に基き、展覧会は4つの章に分けられ、また、第1章は更に3つのテーマで分解が試みられた。
それは以下の通り。
��-1「肖像画家エル･グレコ」
��-2「肖像画としての聖人像」
��-3「見えるものと見えないもの」
�供屮�レタからイタリアへ、そしてスペインへ」
�掘屮肇譽匹任僚ゞ飢茵Ю睿辰筏Г蝓�
�検峩畭綏歃儔肇┘�･グレコの祭壇画：画家、建築家として」
グレコはまず肖像画によって画家として認められた。
彼の肖像画はそれ迄のものと異なり、モデルのそれと絵を観る者の視線が直接に交わる。この事によって、モデルは観者とコミュニケーションを交わし、より近い存在となる。
似ていればいい、特徴が現れていればいいという、それ迄の他人行儀なスタイルとグレコの肖像画は大きく違う。
��-2の聖人画であっても、彼等は、血の通わぬ縁遠い世界の人物でなく、より近い存在として描かれている。超絶的な側面より、彼等の例えば懊悩の方が、エル･グレコの聖人画では表に出ている。
宗教画では、しかし、見えないものを描かざるを得ない。
その時、グレコは、肉体を有し幻視(ヴィジョン)を見る者と、その幻視とを、1つの画面の中で融合させる事を可能にした。
観者は、絵の前で、幻視する者と一体化し、それによって幻視をよりリアリティのあるものとして実感する事ができるようになるのである。
しかし、この見えざるものの視覚化は、謂わば現代的な視座であって、当時の施政者や一部の人々からは度々否定された。あまりに類例がなく、独創的に過ぎて、「奇矯(エクストラバガンテ)」とさえ言われた。
今回は来ていないが、『聖マウリティウスの殉教』(1580-82)等は、発注者である国王フェリペ2世とエル･エスコリアル修道院から、祭壇への設置を拒否された。
テーマとなる殉教が、中心でなく、兵士達の遠景で小さく扱われていたからだ。
�兇蓮∩綾劼靴織哀譽海琉榮阿慮紊鯆匹Α�
�靴蓮↓�-2や3の延長線上にあるもので、ただ聖人の単身を描くのでなく、彼等の説話を表している。
これらの絵を見て、観者は聖書の奇跡の物語が実際に目の前に起こっているかのように感じ、祈る気持ちを大きくするのである。これを「祈念画」と呼んで、個人が祈りを捧げる為に用いられた。
多くの民衆に応える為、人気のある祈念画は何度も繰り返し描かれた。彼の工房は、その機能を果たした。
�犬任蓮∈彙轍茲�扱われる。
グレコは、祭壇に納められる油彩画だけでなく、祭壇衝立が設置される礼拝堂の建築や採光を、建築家と共に考案した。
それは、謂わば近代的な総合芸術の域である。
そこでは、絵が、聖堂を訪れる信者によってどのように見られるか、その環境設計も仕事の1つとなる。
絵は、下から見上げられてこそ正しい受容が可能となるように、頭が小さく、脚が長く引き伸ばされている。
聖霊のハトに降り注ぐ光は、祭壇上部の窓から入る光と協調している。
天使達の奏楽は、そこで演奏されるオルガンや声楽とアンサンブルする。
これらは、後年のオペラ的劇空間とも言え、バロックの精神と技法を先取りしているとも言えるだろう。
あまりにバランスの悪い人体表現は、こうした理由によっているのであって、そんな観点では、美術館での単純な壁展示はグレコの意にそぐわない。
今展では、これらの絵がどのように現地で設置されているか、それを判り易くする配慮がなされていた。
1枚1枚の絵は、近くで見られる訳ではないから、概して筆遣いは荒々しく、精緻でない。登場人物達が着ている衣服は、皆色付けされた鉛でできているかのように重たく見える。そして極端な短縮遠近法の使用。
私は誰の作品であってもそうだが、類型化していくものが好きでない。
ここで自分の好みを言って何の意味もないが、私が今展の展示品か3枚を選び出すとしたら、それらは何れもエル･グレコらしくないものばかりだ。
写真1 『芸術家の自画像』(1595頃)メトロポリタン美術館蔵
・・・エル･グレコの自画像と断定されている訳ではないが、劇場的性格は皆無、ただ深々とした心の遣り取りがモデルとの間に交わされる。
写真2 『修道士オルテンシオ･フェリス･パラビシーノの肖像』(1611)ボストン美術館蔵
・・・最晩年に近い作品。画家と修道士の心の通じ合いが滲み出している。
パラビシーノは、トレドにあるグレコの墓碑銘にソネットを刻んだ。
以上、何れも��-1より。
写真3 『改悛するマグダラのマリア』(1576頃)ブタペスト国立西洋美術館蔵
・・・ローマ時代の最後の頃の作か。後年のグレコらしいマニエリスム的身体バランスとは異なる。色も明るい。
��-3より。
【図録】
『エル･グレコ展』
編集 NHK,NHKプロモーション,朝日新聞社
執筆 フェルナンド･マリーアス他
発行 編集と同、2012年10月
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