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2013年03月07日14:03

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映画『みなさん、さようなら』

3/6(水)午後、急な用事で駅前迄出なければならない事になり、それならと、慌ててシネマe-ra浜松の予定表を見ると、『みなさん、さようなら』が丁度いい時間のスタートである。この機会を逃す手はない。


タイトルの「みなさん、さようなら」は、下校時の小学校の教室から必ず聞こえてくる挨拶の唱和である。「せんせい、さようなら。みなさん、さようなら」。
言う迄もない、別れの挨拶だ。この映画のテーマは、別れである。
それは日々の別れに留まらない、成長とは、別れの連続なのだ。
1つの別れは細胞分裂のようにもう1つの別れを産み出し、小さな別れは徐々に大きな別れに吸い取られていく。
別れは、時間の宿命である。

しかし、小学校を卒業した主人公の悟は、別れを拒否しようとする。

物語は1981年から始まる。巨大な団地が東京郊外に次々造成されていった頃。
中には洒落た商店もでき、モダンでヨーロッパ的な生活スタイルは、夢の住環境として憧れられた。団地入居の為には、猛烈な倍率の抽籤に勝ち残らなければならなかった。
しかし、それは哀しい勘違いであって、その後の団地の歴史が証明している。

団地内の小学校で起きた、見知らぬ部外者(中学生か?)による通り魔事件を目の当たりにし、友達を助けられなかった悟は、自分を責め、そして今も現場の光景を想い出して震える。
彼の心は、己の肉体を縛って、団地から1歩も外に出る事を許さない。
と共に、同じ小学校を卒業した107人を外敵から守るという使命を自分に課し、空手に憧れ、肉体を鍛える。
自己否定と隣り合わせの自己肯定、裏返しの矛盾の共存、日々、右に振れ左に振れる、それが、青春そのものでもある。滑稽であると言うには、あまりに我々自身の辿り損ねた道を反映している。

中学校は団地の外にある。
悟は中学校へ行くのを拒否し、「俺は団地の中だけで生きていく」と宣言する。
しかし友人達との別れは否定し、夕時は、中学校から帰ってくる彼等を公園で待ち、その日1日分の会話をし、夜は、皆の安全チェックのパトロールに団地内を駆け回る。

時間とは変化の謂いでもある。
子供達は成長し、次第に団地から外へ出ていく。若者達の脳内空間に比して団地は狭過ぎ、自立する為の経済活動も成り立たない。
16歳になると、悟は自身かねて決めていた通り、団地内のケーキ店に(無理やり)就職するが、そんなケースはまずない。
一方、団地そのものも変化していく。夢の住環境でない事はしばらく住めば判る。若年層が離れ始めると、住民は高齢化し、団地内の商店は離れた巨大スーパーに客を取られてシャッターを下ろしていく。
さよならだけは、どんどん進んでいく。

別れを、映画は都度冷酷な数式でリアルに表す。
19○○年、107− △=□□□人。
19◇◇年、107−△△= □□人。
その度に、悟は、団地の丘から外界に繋がる階段の一番上で大きく手を振る。
右辺の数値は確実に小さくなっていく。

団地の中で、悟の小さな愛も性もしばし成長する、しかし、彼女達とていつ迄存在するかどうか。
空き部屋の多くなった団地には、南米や東南アジアの出稼ぎ者が住まうようになる。
あるブラジルの少女を巡って、悟は、今一度暴力と対峙する事になる。
彼は彼女を守る事を約束し、恐怖を必死で投げ捨てて争う。
それを通して、悟は、誇るべき自分を取り戻す。

しかし、最後に、彼にはもっと大きなさよならが訪れる。
彼は、果たして団地で一生暮らすのか、それとも、出ていくのか。


ブラジルの少女救出劇のエピソードは、少々ご都合主義的に見える。
病的心理解決の為の精神分析チャートを垣間見ているかのようだ。
この闘いに(当然のように)失敗した暁には、悟の友達の1人に訪れたように、更なる自己崩壊がやってくるのは間違いない。
映画のコミカルなムードに反して、それが、上から一方的に与えようとした画一的小平和社会の現在的世相だという事が、昨今の無差別殺人事件の頻出等を透かして、重たく胸に圧し掛かってくるのだ。


<おまけ>

映画を政治的なメタファとして読む事も当然できる。
悟は鎖国時代の日本であり、彼の空手を攘夷浪士達の、巨大な黒船に対するちっぽけで自己満足な抗いである、と。
それは、現代に置き換えれば、例えば、グローバリズムの大波の前で、何が何でもTTP反対を主張する人達を想わせもする。
・・・悪い喩えでした、申し訳ありません。


監督・脚本 中村義洋
脚本 林民雄(共同)
原作 久保寺健彦
撮影 小林元
美術 高橋泰代
編集 松竹利郎
音楽 安川午朗

出演 濱田岳,波瑠,倉科カナ,永山絢斗,大塚寧々,ベンガル,田中圭 他

2012年/日本
 
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