映画『あの日 あの時 愛の記憶』/A・ジャスティス

12/11(火)、文芸大の聴講の後、シネマe-ra浜松に寄り、映画を観る。
『あの日 あの時 愛の記憶』。
戦争と翻弄される1組の男女の物語というスタイルは、目新しいものではない。
ややセンチメンタルに過ぎる邦題(*)だが、映画からは立派な大人の、且つ女性の優しい気遣いが感じられた。

　(*)原題は、『見つけ出せない時間』、とでも訳せばいいか。


場所と時間と言語が行ったり来たりする。
1方は、1944年、ポーランド、アウシュビッツ強制収容所。
もう1方は、1976年、ニューヨーク。

前者では、ドイツ軍の兵士等の使う刺々しいドイツ語。そして、ユダヤ人捕虜達の使う力のないドイツ語、または、ポーランド語。
収容所には、ドイツから連行されたユダヤ人もいれば、ポーランド在住だったユダヤ人もいる。そして、ポーランドでレジスタンス活動をして捕縛されたポーランド人もいる。つまり、アウシュビッツ収容所にいたのはユダヤ人だけではないのである。
後者で交わされるのは、勿論英語。
例えば英語で集約してしまうのでなく、それぞれの言語を使う事で、過ぎ去った時間の距離感は、より強く表現される事となった。

言語としては、もう1つ、ロシア語も登場する。
対独抗戦の為、ポーランドに西からやってくるソ連の小隊。
彼等が、ドイツ人でなく(！)ポーランド人の若い男女を労働力として無理やり連行していくシーンがある。
ポーランド語の悲痛な叫びと、ソビエト兵士の有無を言わせぬ口調、理解を徹底的に阻むそれぞれの言葉。

しかし、どんな苛酷な環境の中であっても、男と女の間に愛は生まれる。
ポーランドレジスタンスの男と、ドイツユダヤの女。
ここでは、言語は壁にならない。
それは動物的なものに近いかもしれないが、惹かれ合う気持ちを誰が愛でないと否定できるだろうか。
ポーランドには、常に隣国から蹂躙されてきた長い歴史がある。殊にドイツ語とロシア語は、ポーランド人には、生き抜く為には必要な素地だったろう。


物語は実話をベースにされている。
トマシュとハンナは、ある日、収容所から脱走する。
しかし、ドイツ軍の厳しい追跡の為、2人は離ればなれとなる。

1976年、ニューヨーク、アメリカ人男性と幸せな結婚を果たし子供も持つに到ったハンナ。
しかし、自分の過去については、家族にもひた隠してきた。
戦争と収容所を経験したユダヤ人にとって、それは生き続ける為の必須の処世だった。
ある日、TVのルポルタージュ番組から流れてきた声、それはトマシュの声にそっくりだった。

時間が忽ち逆回転し、ハンナの記憶の蓋が開いていく。
映画は、1976年と1944年の間を往来する。
ハンナは、戦争直後の1946年、赤十字社からトマシュの調査結果をもらっている、それは「推定死亡」というものだった。
彼女は、今一度、赤十字社とコンタクトを取る。
ハンナの内緒の行動は、夫や娘から不審の目で見られる。
夫の深い愛は感じつつ、彼女は、しかし、口を鎖し続ける。
アウシュビッツの悪夢は彼女の脳裏に甦り、ハンナは過去の呪縛の中で苦悩する、食べ物に飢えたトマシュの幻影を居間に見る。
謂わば、ハンナはまだ大戦のさなかにいる。

ハンナは、遂に家族の理解を得、ポーランドに行く事となる。
トマシュは今、どう暮しているだろう。
彼女は、過去と向かい合い、新たな人間として生まれ変わる事ができるだろうか。

ラストの場面は、ポーランドの鄙びた町。
バスを降りたハンナ、広場の向こうにトマシュがいる。
2人をスクリーンの端と端に置いて、何も説明せずサジェストもせず、映画は終わる。
2人の間の距離は32年の時間の距離である。

その後は、観客は想像するしかない。
自分ならどうしただろうか。
しかし、その想像によって初めて、観客は、歴史とそれに翻弄された弱き人間達への理解を深める事ができるのである。


この映画の秀逸なところは、ハンナという1人の女を描き出す為、労を厭わず、トマシュの母や兄嫁を丁寧に描いている点だ。
戦時中の三態とでも言うべき、異なった対応をする女達を映し出す事で、ハンナ像はずっとリアリティを得た。
単なるメロドラマにしなかった、監督の手腕だと言えるだろう。
監督は、ドイツ生まれの女性、アンナ・ジャスティス。


監督　アンナ・ジャスティス
脚本　パメラ・カッツ
撮影　セバスティアン・エットシュミット
編集　ウタ・シュミット

出演　ダグマー・マンツェル,アリス・ドワイヤー,マテウス・ダミエッキ,スザンヌ・ロタール,デヴィッド・ラッシュ　他

2011年/ドイツ