静岡県文化芸術大学、12/4(火)、第10回目の<芸術特論D>聴講。
まず、前回提出された質問に答える。
・円山応挙は、解剖学は学んだか、写生というものはしたか？
解剖学は、江戸後期、享保の改革後にオランダから書物として流入、日本人画家達には多くの影響を与えた。人体を科学の目で見るという視座である。
応挙が実際に解剖を試したかどうかは知られていないが、影響を受けたのは間違いない。
人物を描く時、着衣像の前に、まず裸像を描いた形跡もある。
写生はした。写生帖が残されている。
狩野派(ex.探幽)画家でも、写生スケッチはした。
しかし、作品を仕上げる段階で、実物通りに描くより、派の美的論理が最優先された。
日本の画家の卵達は、伝統的な派の画塾に入ると、まず模写を徹底的にやらされる。自然や静物,石膏のデッサンでなく、先達の絵手本を写すのである。こうして、派共通の技術や美的センスを身体に覚え込ませた。
絵手本を「粉本(ふんぽん)」という。こういう本や作品から学ぶやり方を「粉本主義」という。
(写生をしてもそれが活かされず、結局、類型的な形や絵を重ねる事になっていく、そうした行き方の訳は、私個人よく理解できないところだ。)
・ジャポニスムとひと言で言うが、西洋人達が好んだ絵に傾向はあったのか?
西洋から遠近法が入ってきて、日本の浮世絵は、それを極端な形で活かした。その浮世絵が、また西洋に流出し、極端な構図が彼等に大いにウケた。そういう傾向はあるだろう。特に北斎や広重等にそうしたチャートを見る事もできる。自分達が作り出した遠近法が、遠い日本でどう表現されたか、その驚き。(但し、当時の西洋人がそういうロジックを意識したかどうかは判らない。)
美術の潮流は、影響し合い、循環する。全く理解できないものは、ウケる事はない。
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さて、今回は、近代日本画の始まりとして、狩野芳崖とフェノロサを取り上げる。
近代日本画を考える時、芳崖はフェノロサとセットして見られる事が多い。フェノロサの考え方を踏まえながら、芳崖を見ていこう。
狩野芳崖(1828-88)の一生を概観すると、
1828(文政11)年 長門(山口県)長府に生まれる。父は狩野晴皐(せいこう)。長府代々の御用絵師。(*1)
1846(弘化3)年 18歳にして、江戸へ。木挽町狩野雅信(ただのぶ)に入門。(*2)
安政年間(1854-59) 郷里と江戸の間を行き来した。父が没し、藩御用絵師となる。
しかし、間もなく明治維新の為、藩は取り潰され、藩御用絵師の名も無価値となり、生活は困窮を極める事に。
1877(明治10)年 家族共々上京。
1879(明治12)年 侯爵島津家に雇われ、その月給により生活は安定に向かう。
1882(明治15)年 第1回内国絵画共進会の公募に出品。この品評をしていたフェノロサに評価され、2人が出会う事になったと言われている。
1883(明治16)年 フェノロサに雇われる。
1884(明治17)年 第2回内国絵画共進会に出品、褒状を受ける。鑑画会画家として活躍。(*3)
この年、文部省御用掛に採用、古美術調査保存と美術学校創設準備の仕事に携わる。
1886(明治19)年 図画取調掛に雇われる。
1888(明治20)年 東京美術学校の教官に任命されるも、『悲母観音図』を描き上げて病没。
1889(明治22)年 東京美術学校開校。
(*1)狩野派直系ではないが、名前の使用は認められていた。
(*2)「木挽町」は狩野派3家で、尚信の流れ。探幽の系列が「鍛冶橋」。安信(直系7代貞信の養子となった)の系列が「中橋」。江戸後期は、木挽町狩野が力を持っていた。
江戸幕府御用絵師には、奥絵師とその下に表絵師が存在した。奥絵師は、侍で言えば旗本クラスの扱いで、将軍の謁見も許された。江戸城の襖絵等を描いた。
他に、地方の大名家にもお抱えの絵師がいた。これも狩野派が中心で構成される事が多かった。芳崖の父も、そうした狩野派絵師だった。
木挽町狩野の系図の末を見ると、雅信の後に、狩野芳崖と橋本雅邦の名がある。
この2人はほぼ同時期に狩野雅信に入門し、後、共に東京美術学校開校の準備を担う事になる。
橋下の後には、更に、横山大観,下村観山,菱田春草の名が連なる。
(*3)鑑画会は、1884年に、フェノロサが岡倉天心等と設立した会。元々は古画鑑定が目的だったが、後、新しい日本画の批判と奨励を行い、当代の日本画振興に一役買った。
ではフェノロサは、というと、
アーネスト・F・フェノロサ(1853-1908)
1878-1908(明治11-19)年 米ハーバード大を卒業したばかりで、お雇い外国人として来日。東京帝国大学で、政治学,経済学,哲学等を講じる。その後、日本の伝統美術に興味を持ち、研究と蒐集を行う。
1882(明治15)年 龍池会(*4)で講演。この内容が、同年『美術真説』として出版される。
1890(明治23)年 帰国。個人蒐集した美術品の多くは、現在、ボストン美術館に所蔵されている。
(*4)龍池会は、1879(明治12)年、佐野常民を会頭に、明治政府の経済官僚が「考古利今」を目的に作った。
「考古利今」は、伝統を当代に活かす、つまり明治政府の「殖産興業」の考え方を民間に下ろしたものと考えられる。伝統美術工芸品を日本の産業として盛んにし、西洋に輸出、外貨を得、それを原資に強い軍隊を作る。つまり、富国強兵の為の1策であった訳だ。
その延長線上で、上述の鑑画会も作られた。
東京美術学校に当初日本画科しかできなかったのも、そうした価値観の下である。
狩野芳崖の作品の中で著名なものは、50歳代後半、1883(明治16)年以降に制作されたものが全てだ。
つまり、フェノロサと出会い、彼の日本美術のあるべき道とした考えに影響され、その考えの下で芳崖は変化したのである。
写真1『月夜山水図』
芳崖以前、「勝海」の落款。江戸時代末の作。
狩野派山水の淡彩画。同郷の雪舟(室町時代)の影響も見られる。
写真2『岩石図』(1887)
岩の描き方は狩野派のもの。奥から射す光の表現は、西洋画の影響。これによって奥行き感が出ている。
写真3『悲母観音図』(1888)
満60歳、没年の制作。絶筆、未完成部分は盟友橋本雅邦に仕上げてもらったとの説もある。
観音は伝統的な仏教画題だが、その前に子供(赤ん坊)を描く自由な発想や、西洋顔料の使用等には、フェノロサの指導の跡が想像される。
薄絹の透ける感じの表現は、従来の日本画にはない。マリアとキリストのイメージを重ね合わせているとの説も。
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