12/21(水)、シネマe-ra浜松で『ヒマラヤ 運命の山』を観る。
原題は『ナンガ・パルパート』
ナンガ・パルパートとは、ヒマラヤ山系にあって、標高8,125m、世界第9位の山である。現地の言葉で”裸の山”を意味する。
その峰の南側にあるルパール壁は、標高差が世界最大で、4,500mもある。
ナンガ・パルパートのルパール壁ルートの登攀は、その難度から多くの登山家が挑むが、幾多の遭難者を出し、”人喰い山”という別名も持っている。
映画は、このナンガ・パルパート、ルパール壁ルート登攀にまつわる人間達の物語で、事実に基いている。
原作者はラインホルト・メスナー、山に憧れを持つ人なら知らぬ者はいない超一流の登山家で、自身がこの物語の主役でもある。
1970年、彼と弟のギュンターの2人組がこのルートの初登攀に成功するのだが、下山に失敗。
遠征隊長のカール・マリア・ヘルリヒコッファーは、彼等が遭難したと理解し、壁直下のキャンプの2人を向かわせる。2人は、兄弟の救助はできなかったが、同ルートの制覇に成功。マスコミは、後発の2人の登攀成功と、兄弟の死亡を伝えた。
しかし、登頂の4日も後になって、ラインホルトだけが違う面より命からがら帰還する。
隊長ヘルリヒコッファーの報告に従い、マスメディアは、”ラインハルトの登攀は、遠征隊計画とは無縁の、名誉欲に駆られた独断行”、”衰弱した弟を見殺しにして別面から下山した”、と書き立てた。
ラインハルトはこれに怒り、その後、ヘルリヒコッファーを相手取って法廷に訴えを起こす事になる。
その法廷劇迄は扱っていないが、2人の下山後の対立の場面は映画の最初と最後に置かれている。
映画は裁判の結果よりも、山にまつわる人間達の関係を描こうとしている。
2組の兄弟が、この中で対比される。
1組は言う迄もなくメスナー兄弟である。
登山好きな父の指導を受けて育った2人は、山に純粋な憧れを持って成長する。しかし、陽の光は2人を均等に照らし出す事はない。どちらかが日向に出れば、どちらかは日陰に入らざるを得ない。遠征隊に招聘されたのも、兄1人だった。が、後、メンバー編成の都合から、弟にも招待状が届く。
もう1組は、ヘルリヒコッファーの兄弟だが、この兄の方はカール・マリアの台詞の中にしか現れない。彼は、ナンガ・パルパート登攀史の中で、1934年に遭難死している。
ヘルリヒコッファー(弟)の、ナンガ・パルパート制覇への執拗な拘りは、この兄の死からもたらされている。彼は、8回にも亘りナンガ遠征隊を組織した。
カール・マリアは、遠征隊を率いる事に自身の資質を見出し、実際に登る人間としての能力には限界を感じていた。
彼は、遠征隊の計画を組織重視、重装備による安全第1で組み立てる。しかし、いろんな場面で、メンバー間の競争心理を煽る事もする。プロの登山家の内心には、”1番以外は価値がない”という心理が居座っているものだ。
対してメスナー兄弟は、山を愛する自由人である。個人能力主義で軽装備を専らとするタイプだ。
彼等と隊長は、事ある毎に対立する。
こうして、2組の兄弟は山を間にして対峙し、その心理の揺れを、映画は丁寧に描いていく。
カール・マリア・ヘルリヒコッファーを演じているのは、カール・マルコヴィクスである。『ヒトラーの贋札』で主役を演じていた。今回も見事な演技である。ラインハルトでなく、ヘルリヒコッファーをこの映画の主役とする観方もあると思わせる程だ。
役者の話となれば、もう1人挙げておかなければならない。兄弟の母を演じた、レナ・シュトルツェだ。『マーラー 君に捧げるアダージョ』ではマーラーの妹役をやっていた。男の物語の中で、彼女の優しさ哀しさが際立っている。
さて、しかし、映画の最後で圧倒的に我々に迫るのは、山の存在である。山は、人間模様には関係なく微動だにしない。人間の吐く「制覇」等という言葉の何と小さく空しい事か。
監督・撮影監督 ヨゼフ・ファルスマイアー
原作 ラインホルト・メスナー『裸の山 ナンガ・パルパート』
脚本 ラインハルト・クロス,スフェン・ゼフェリン
音楽 グスターヴォ・サンタオヤラ
出演 フロリアン・シュテッター,アンドレアス・トピアス,カール・マルコヴィクス,レナ・シュトルツェ 他
受賞 トレント映画祭観客賞/批評家協会賞,東京国際映画祭審査員特別賞 他
2009年ドイツ
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