12/7(水)、映画『人生ここにあり』を観る。いつものシネマe-ra浜松、19:55始まり、当日ラストの回である。
イタリアは、世界で初めて精神病院をなくした国だ。
1978年のバザリア法の公布から、現実的な施策を重ね、1998年には、全ての精神病院が廃絶された。
その代わりに、予防,医療,福祉は、地域の精神保健センターが行う。精神保健センターは24時間オープンで年間を通して休みナシ。
精神保健センターは原則自由意思で治療を行い、出入りは自由。彼等は「患者」でなく、「利用者」と呼ばれる。
緊急の場合でも、15日迄しか強制収容はできず、先進国に往々にしてある無期限強制収容等存在しない。
精神に問題を抱えた人は、入院し世間から切り離され、管理漬けにされる事で、本当の病者になってしまう。これを「施設シンドローム」と呼ぶのだそうだ。つまり、「コミュニケーション能力や興味や欲望の喪失、攻撃性や衝動性や無抵抗な姿勢の発現などが、その典型」である。(『精神病院を捨てたイタリア 捨てない日本』(岩波書店2009刊)の著者 大熊一夫の言葉から引用) 加えて、精神安定剤の長期大量投与で、長過ぎる眠りを得ると伴に、無気力を体質化させ、精神病者というアイデンティティを自分のものにしてしまう。
映画は1978年と1998年の間の1983年に時間をセットさせていて、この法の精神が、地域の中で根付いていく過程を、実話をベースにコメディタッチで物語っていく。
精神病院に収容されていた、前述の典型のような人達が、その道の専門家だけでなく素人達からもいろんなサポートを受け、ある自立に近付いていく。
その為には、隔離されていた現実の中に帰り、活動していく事が何よりも大事だ。
現実とは、就労、住居、社交、情緒等の生活要素によって成り立っており、情緒には愛や性の要素だって含まれる。そして、死も例外ではない。
就労は、矯正の為の無報酬の作業であってはならず、経済活動としても成り立っていかなければいけない。
映画で、彼等の受け皿になる「協同組合180」は、ポルデノーテという北イタリアにある町のノンチェッロ協同組合がモデルで、ここでは、清掃,園芸,木工,陶芸といった仕事が、経済行為として価値を認められ、だからこそ、現在も続いている。矯正(強制)では、永続していかない。
場や仕組みにモデルがあるように、登場人物達もいくつものモデルの組合せによってなっており、監督の以下の言葉がそれを表している。
「僕らは取材前から脚本を書き始めて取材(*1)中も書いていたんだけれども、僕らが考え出したエピソードの多くは捨てて、本当の話(*2)の方を取り入れたよ。」
(*1)ミラノ近郊の精神衛生センターで2年間をかけた。
(*2)例えば、ECの助成金で彼等が娼婦を買いに行くエピソードは、1980年代に実際にあった話しらしい。それを、行く前の彼等の陰鬱な表情と、その帰り、歌まで歌い出す彼等の溌剌とした表情の変化だけで、映画は性迄含めた感情生活の重要性を訴えている。
私は、この映画を観て、病を持った人達の心が活性化していく様子に、感動し涙が出たけれども、その反面で、これらは甘い夢物語なのではないか、荒唐無稽に過ぎやしないか、等という思いも正直言ってあった。しかし、そう見てしまう事の方に遥かに大きい問題が孕んでいる事を、私は今反省している。
日本人の精神病に対する見方は、今もって入院隔離を前提とした、健常者利益優先のそれだ。精神病者とのコミュニティ等、存在する訳がないという暗黙の認識がある。
しかし、健常者とは一体何だろうか。
イタリアでは、”よくよく見れば、誰も皆何処かアブノーマルなところがある”、”どんな人間にも存在する特質の極限状態が病気の領域”という見方をするそうだ。
我々も自分自身を振り返るといい。どれ程己の中に病的な巣を抱えているか、気付かない方がおかしい。
それ程、健常と病は離れ難く、相互に浸潤している筈だ。
そういう意味では、病者の人権を認める事、人間として扱うという事は、健常者を含む全ての人間を含めた発想であるのだ。病者の人権が守れない国は、ひと皮剥けば健常者の人権もないがしろにする国だと理解した方がいい。
日本は精神病治療においては明確に後進国だ、と自認したうえで、この映画の評価をすべきだろう。
勿論、微妙で専門的な問題が多々ある分野の事だから、この映画のみで、実際の精神病治療の細部、精神病院の廃絶後の方法論等を議論する事は無理がある。
ただ、彼等の希望に満ちた表情から、この映画を出発点として、新しい道がある事を信じて取り組んでいきたいものだ。
原題は『Si può fare！(やればできるさ)』である。
監督・脚本 ジュリオ・マンフレドニア
原案・脚本 ファビオ・ボニファッチ
撮影監督 ロベルト・フォルツァ
美術 マルコ・ベッルツィ
音楽 ピヴィオ&アルド・デ・スカルツィ
出演 クラウディオ・ビジオ,アニタ・カブリオーリ,ジュゼッペ・バッティストン 他
受賞 イタリア・ゴールデングローヴ賞,ダヴィッド・デ・ドナテッロ賞/ダヴィッド・オブ・ザ・ユース賞
2008年イタリア制作
映画が終わると、22:00を過ぎていた。
満月をじきに迎えようとする白い月が、中空に煌々としていた。
風はなく寒さは感じない。
その光が、歳の瀬近づいて少しざわざわする街角を照らし出していた。
“Si può fare！”と、誰彼となく言ってやりたい気分だった。
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