記念講演のシンポジウムから話を続けよう。
パネリストの1人として予定されていた、槐多の甥、村山太郎は参加できなかった。体調を悪くされたとの事で、御歳は80歳だそうだ。
『日曜の遊び』は1982年に鼎の関係者宅で発見された。紙を継ぎはぎして、縦1.8m×横2.3mに及ぶ大作である。未完であるが、その荒々しい筆致等、山本鼎作品とは到底見られず、村山槐多作品として認知され発表された。(写真1)
同年8月、神奈川県立美術館で開催された「村山槐多のすべて」展で、この大作は一般に公開された。当時の同館学芸員が、今回のもう1人のパネリスト原田光である。
更に、同年同月号の「芸術新潮」誌、「槐多万歳」(凄いタイトルだ！)なる特集では、画家原精一と窪島誠一郎の対談が組まれ、2人共、槐多作品として太鼓判を押している。
ところが、2年後の1984年、長野の上田市山本鼎記念館の未公開所蔵品の中から、極く小さな下絵が発見されたのだ。
その下絵の内容は、『日曜の遊び』の左半分と殆ど同じで、これに付けられていたメモから、それが鼎のパリ時代の作品である事が判明した。程なく、残りの右半分の下絵も発見され、当然ながら、大作の方も山本鼎作品と理解された。
窪島も原田光等も、謂わば赤っ恥をかき、誤りを認めて訂正文を世に出す事になった。
その後しばらく、『日曜の遊び』は行方知れずになってしまったが、1986年、奇しき縁から、岡崎市美術博物館に持ち込まれ、同館が”山本鼎作品として”購入する事となる。その時の新米学芸員が、まだ大学を出たばかりの村松和明で、価格は1,600万円だった由。
村松は、その時の直感(山本鼎作品にはどうしても見えない)を大事にして、地道な研究に取り掛かった。
下絵の文字や数字と大作のそれ、また、使われている絵具、そして、関係者の手紙等の文書、等々々々を隈なく比較し、洗い直し、細かな実証を積み重ねて、遂に新結論に辿り着いた。
経緯の詳細をここで紹介する訳にはいかないが、その結論とは即ち、下絵は鼎、大作は槐多、というものである。
2人は従兄弟という関係柄、長く親密なやりとりを重ねている。
鼎はフランス在住時代も、若い槐多の生活を心配し、経済的な援助をしている。
そうした支援の一環として、フランスで当時潮流の先端にあったセザンヌ風の下絵を描き、日本の槐多に送った。それをベースにして、まだ日本ではよく認知されていないセザンヌ風大作を描き世に出せば、槐多の出世として大きな役に立つだろう、という目論見である。
槐多はそれに従って大作に取り掛かった。だが、他人の他人の意匠等、槐多のものになる訳もなく、悪戦苦闘のあげく、疲れ果て、傷付いて、彼は未完のまま放り出す。
(お断り；私の拙い表現の為、実証主義的な観点では問題がある可能性はあります、その点どうぞご了承下さい。興味をお持ちになられた方は、岡崎市美術博物館に出掛けるか、講談社より出版される予定の本をお読み下さいませ。)
この辺りが展覧会の�蕎呂箸靴董⊆他攴�材料共々採り上げられている訳である。
シンポジウムでは、恥を拭われた恰好の窪島と原田の快活な表情が何とも言えず良かった。聴いている私達も、嬉しくなった。
1,600万円で買った絵だが、槐多作が世に認められれば、1億円の値はつくだろう、と、これは、はしゃぎ過ぎか（笑）。
さて、この大作での心的傷が、槐多を新しい境地開拓に向かわせる事になる。
それが�珪呂離董璽泙如�彼の造語を借りれば「アニマリズム」、「野蛮で勇猛、執拗で孤独な芸術」という事になる。
彼は、セザンヌ風でも鼎風でもない、自分流を模索する。透明感のある水彩画手法は手放してしまう。1915(大正4)年は、19歳にして彼の一大転機になった。
彼の作品の中で最も有名で衝撃的な『尿する裸僧』(写真2)は、この年に描かれている。
但しこの絵は、12/20の展示替えから観る事ができるので、要注意。
自画像からも、悪ふざけや偽悪趣味は消え、自分を深く抉るような態度が見られる。
20歳の時、モデルのお玉に激しい恋心を抱くが、彼の採った行動は、今で言えばストーカーだろう。当然、実る事なく終わる。
失意の放浪の途次遭難、樵に助けられる。
�絃蓮∠蚤燭�21歳を迎えるが、彼に残された日々はもう殆どない。
酒浸りのあげく、結核の為、喀血を繰り返す。
その中で創作意欲は次から次へ湧き、デッサン、自画像、肖像画、風景画、日本画風掛け軸、そして、詩作、絵画技法論、等々留まるところを知らない。
(写真3は数多くのデッサンの中でも秀でた習作、「風船をつく女(A)」。)
しかし、病状は益々悪化、詩の中にも、陰鬱と虚無、デカダンと悲嘆が目立つ。
時期を開けた遺書が2つ。
そして、デスマスク。
年表から数行拾う。
「一九一九(大正八)年、二月十四日、当時猛威をふるっていたインフルエンザ・スペイン風邪にかかり発熱し寝込む。
二月十八日、雪まじりの激しい雨の降るこの日の夜、発作的に戸外に(素っ裸で、広告紙をよりひもで閉じたスケッチブックを持って…窪島の講演から)飛び出す。草むらに倒れているのを山崎省三に発見され、自宅に(戸板で運ばれて…同)戻ったが危篤になる。「白いコスモス」「飛行機の物憂き光」という謎めいた言葉を残して、
二月二十日、午前二時に急死。満二十二歳五ヶ月。死因はスペイン風邪による結核性肺炎。石井鶴三がデス・マスクをとる。」
窪島誠一郎が万感を込めて暗唱した槐多の詩の1編、『祈り』は以下である。
・・・・・・
神よ
いましばらく私を生かしておいて下さい
私は一日の生の為めに女に生涯ふれるなと言はれれば
その言葉にもしたがひませう
生きて居ると云ふその事だけでも
いかなるクレオパトラにもまさります
生きて居れば空が見られ木がみられ
画が描ける
あすもあの写生をつづけられる
・・・・・・
窪島の、「絵画だけは、描こうと思うものを愛し込まないと、いい作品は描けない」という言葉が脳裏に戻ってくる。
槐多が愛し、切なくも、あと1日だけでも写生したかったものは何だろうか。
1人の女だったろうか、1本の松だったろうか、1片の雲だったろうか、山の端に陰る夕陽だったろうか。
彼の絵画への愛の深さをこれ程強く訴える言葉もない。
明日のない槐多の、掛け値ない本心だったに違いない。
�江呂砲弔い討蓮∈Ｆ�は触れる事はやめておく。
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