静岡駅すぐ前の市美術館に着いたのは、16:00前頃だったろうか。
今回の展覧会は「ダ・ヴィンチ展」ではない、正確に書けば「レオナルド・ダ・ヴィンチ 美の理想」展である。
正直言って、内容の判りにくいタイトルだ。
展示品の中で、ダ・ヴィンチの真筆として確定しているのは、『衣紋の習作』2枚だけである。
この展覧会が狙うのは、ダ・ヴィンチが作り上げた、または、提唱した美が、どのように同時代とそれ以降に影響を与えたか、その関与の炙り出しである。
したがって当人の作品が僅かでも、それはいい。
ただ、このタイトルから展覧会の趣旨が伝わりにくいのは確かで、そこはちょっと問題だ。
だが、真筆と認定されている作品以外にも、レオナルドが関与したのではないかとの説が唱えられているものが幾つかある。この説は、いろんな研究者がいろんな事を主張していて、まだ定まってはいない。
諸説を確認すべく、当展の構成を眺めていこう。
�機┘譽�ナルド・ダ・ヴィンチとレオナルド派
ここに前述の『衣紋の習作』2枚が展示されている。完成品でなく、タイトルの通りスケッチだ。共に約28〜29×18cm程の小さなもの。しかし、鉛白のみで、その衣服の質感や、中にある肉体を想わせる表現力には圧倒させられる。
このコーナーには、そして、当展覧会の名誉監修者カルロ・ペドレッティにより”レオナルドと弟子の共作”と主張されているものが何点か置かれている。
『紡錘の聖母』の習作(*)、油彩『岩窟の聖母』、ルーヴル版でもロンドン・ナショナル・ギャラリー版でもない、いわば”第3の”それ(*)。
また、『聖母マリア』(油彩)は、”レオナルド下絵、弟子サライ完成”、と、更に1歩踏み込んだ主張となっている。
油彩『マグダラのマリア(ルクレティア？)』は、”レオナルドと弟子ジャンピエトリーノ”による、とされている。
根拠の詳細は示されていないので判断のしようがないが、まだこれららは”定説”というレベルには到っていないようだ。
ここには、他に、名が特定された弟子作のもの、また”ダ・ヴィンチの工房”によるもの、また”レオナルド派”に属する人物の手によるもの、等が展示されている。全21点。
かなり判りにくい。
観にきた人々の内、レオナルド個人について、また、当時の工房の機能について、等、あまり知識を持たない方は、疑問符で頭の中がいっぱいになり、混乱されて帰った事だろう。
�供┘譽�ナルドの時代の女性像
このチャプターは、タイトルの通りである。
同時代、いろんな地域の画家達が、レオナルドの絵からどんな影響を受けて女性像を描いたか、という観点で、15点が展示されている。
あのラファエロ・サンティもレオナルドから大きな影響を受けたとして、”ラファエロの工房”に帰属するものや、”ラファエロ周辺の画家”という表現になっているものも含まれる。
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過去の文献によっては、『モナ・リザ』はダ・ヴィンチによって2枚描かれた、という解釈の仕方もあるらしい。ちょっと強引な解釈だが。
このコーナーでは、世界で最も知られた肖像画である『モナ・リザ』(ルーヴル蔵)に対して、”もう1枚のモナリザ”と称され得る作品を扱っている。全18点。
その中には、”作者不詳”のもの、”レオナルドの流れを汲む画家の追随者”によるもの、また、”アンブロワーズ・デュボワに帰属”させられるもの、等が含まれる。
何れも、本物と構図は殆ど同じで、表情にちょっとした差があるとか、背景が異なる、とか。
『アイルワースのモナ・リザ』(*)は、美術館レベルでは今回世界初の展示となった作品。
ロンドン西部のアイルワースで発見されたもので、個人蔵である為、これ迄、モノクロ写真でしか専門家の目にも入らなかった。
研究はこれからで、これが”もう1枚のモナリザ”となるかどうかは、まだ全くのところ未知数。
表情は、ルーヴル作品に比べてずっと若々しく、明るい笑顔だ。
『モナ・リザ』はモデルが誰かも諸説あり、その表情も謎と言われる。
そうした謎めいた雰囲気は、『アイルワース・・』には全くない。口紅や頬紅等、明らかな薄化粧も見て取れる。
背景は、レオナルドの色遠近法は使われず、大変簡略で、私は、これがダ・ヴィンチの真作とは思わない。
世界で最も知られた絵である筈だが、本物の『モナ・リザ』を実際に見た人は意外に少なかったに違いない。写真が普及するのは19c.半ば以降だから、それ以前の多くの人は、摸刻版画で知っていた程度だろう。
だとするなら、王侯貴族の内の何人か何十人か知らないが、自分の館にも「モナ・リザ」を持ちたいと大らかに思ったとしても、何らおかしくない。”贋作”や”ら著作権”等という概念は、ずっと後の世のものである。
ある王は、どうせ持つなら、幾らでも金は積むから、本物よりもっと若い女にしたい、もしくは己の愛人をモデルにしたい等とも思った事だろう。もっと明るい眼差しで、もっと理解し易い笑みにしたい、等と思った貴族もいたかもしれない。
更には、ヌードだったらもっといいと願う輩もいた筈だ。
こうして、「モナ・リザ」は、あちこちに増えていった、そう考えるのは、実に常識的だ。(断っておくが、これは当展覧会の主張ではない、1ディレッタントである私の、勝手な思い付きでありますからして。)
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私説を延長すれば、当然このコーナーに辿り着く。
ここには『裸のモナ・リザ』なるタイトルの作品が並べられている。油彩3点と数点の版画。
世界には、『モナ・リザ』と同じ構図でヌードの作品が10数点現存するらしい。
今展覧会のメインは”弟子サライに帰属”とされる『裸のモナ・リザ』である。(日本初公開)
これには更に”レオナルド・ダ・ヴィンチ構想”という尾鰭が付いているのだが、その根拠は示されていない。愛弟子サライが描いたとすれば、レオナルドが構想を彼に垂れたと考えたい気持ちは判るが。
レオナルドが実際『裸のモナ・リザ』を描いていながら、宗教改革の嵐の中で焼失されてしまった、また、今も何処かに眠り続けていると主張する専門家も、世にはいるらしい。
しかし、『モナ・リザ』が世界一知られた絵であるなら、レオナルドが『裸のモナ・リザ』を描いたすれば、その事が当時のいろんな文献に全く触れられていないのは、どう考えてもおかしい。
そうあって欲しいという思いが1部の専門家の目を曇らせていると考えるべきだろう。
レオナルドの数多い手稿の中にも、それらしいスケッチはない。
まあ、口頭でその構想を弟子に示したというのは、あり得ない訳ではない。あり得ない事はないけれども、しかし、証明もできない。これは科学的な態度ではない。
ただ、ここに展示された『裸のモナ・リザ』の身体を見て、何やら奇妙さが伴うと感ずるのは私だけではないだろう。
彼女達の体付きは、その妙なアンバランスから、女性的というよりも、両性具有(ヘルマフロディトス)を想わせる。
レオナルドの理想美は、彼が最後迄持っていたとされる『洗礼者ヨハネ』もそうだが、片方の性を表現しようとしたと考えるより、両性が入り混じっていると見た方が素直だ。
そういった観点で言うと、『裸のモナ・リザ』には、確かにレオナルドの意匠に近いものがある気はする。
さて、『モナ・リザ』が謎の絵とされる訳として、モデルが明確でない事、そして、その表情が挙げられるのは、前述した通りだ。
誰を描いたかと訊かれれば、「フィレンツェ出身のジョコンド氏の妻リザ」(近年発見された1503年のハイデルベルク文書より引用)と答えるのが、最も事実に近いだろう。
しかし、それはこの絵の”発端”を示しているに過ぎない。
レオナルドは、仏王フランシス1世に招かれ、アンボワーズ城に隣接する館で最晩年は暮したが、最後迄『モナ・リザ』には筆を入れ続けたとされている。
絵は、長い間描き続ければ、テーマも意匠も微妙に変化していく。画家の審美感だってずっと一定ではない。
長い時間の中で、モデルは特定の人物から徐々に離れ、その笑顔も、年齢も、更には性別さえ、レオナルドの頭の中にだけ存在した抽象的な美に変化していった、そう考えるのは、極く自然ではなかろうか。
『モナ・リザ』の謎は、こうした経緯から発生している、と、私は考える。
『レダと白鳥』もダ・ヴィンチ作は現存していないが、チェザーレ・ダ・セストという同時代画家の模写が残っている為、『裸のモナ・リザ』と意味は違う。
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最後のチャプターでは、レオナルドの死後、特に18c.〜19c.において、彼が史実の人から神話化されていく経緯を示した各種の絵や資料が展示されている。
その中には、フランソワ1世に抱かれて死を迎えるレオナルドや、『モナ・リザ』を描くアトリエのレオナルドの絵等が含まれている。何れも、後世の画家がこうあって欲しいと思ったレオナルドを描いていて、史実からは懸け離れている。
第5章、計13点。
展覧会総点数は81点。
静岡市美術館会場に、私は18;30近く迄いた。
総じて、ダ・ヴィンチの謎は私の中で一層大きくなりさえすれ、何一つ解決されないような思いを抱きつつ、夜の街へ出ていった。
街は、青葉シンボルロードを始めとして、瞬くLEDの照明をまとい、年末を向かえる態勢にすっかりなっていた。
球形の石のオブジェは噴水の水を内に受け、そのバランスの変化によって、ひとりゴロンゴロンと転がった。
都度異なるその動きは、謎が謎のまま我が頭の中を駆け巡るようでもあった。
(*)印の作品は、10/27の日記(
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1789747317&owner_id=3341406)に写真があります。参照下さい。
添付写真は、当展覧会のポスターともなった、サライ(帰属)『裸のモナ・リザ』。
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