mixiユーザー(id:1040600)

2009年06月29日21:37

45 view

●うみうし独語(391)/■身心快楽(67)

■身心快楽(67)

 ●6月29日(月)  雨

  きのう昼、三日月に見えた白い月は
  夕方、半月に近い白い月になり、
  晩には、黄色い山吹色の月になった。

  月のまわりに星が見え、ああ、これからは
  天の川の夏になるのか、と思ったら
  きょうは一転して、むしむしする梅雨の一日だった。



 ●「富士日記」の最後に。

  昼休みの時間つぶしに、ほんの少しだけ「本」を読む。
  坪内祐三「考える人」を読み、村松友視「夢の始末書」を読んだ。
  二つの「本」に、武田百合子「富士日記」のことが書いてあった。

  それがこの「本」を読むきっかけだった。

  「映画」も「本」も、「ああ面白かった!」で感想のすべてのような
  気分であるが、読んでいるうちに、しみじみとしたり、昔のことを思い出したり
  していた。



 ●かつて、私もときどき日記をつけた。
  たいていは鬱々としたとき。書くことで、何か自分を克服したいような気分に
  なったのだと思う。
  が、書けば書くほど鬱々とした。

  それで発見したことは、日記をつけても、つけなくても日は過ぎていく、
  ということだった。

  以来、ただ日々が過ぎ去ってゆくことだけを願って
  「10年連用日記」を購入するようになった。
  何も書かず、空白のページばかりの「10年連用日記」は私のお守りになった。



 ●「富士日記」には、反省や述懐を綴らぬこと、とあった。

  そして「富士日記」に書かれている日々買ったものや、食べた物の羅列を見た。

  毎日のように書かれている「ごはん」や「大根おろし」や「スープ」など。
  「ごはん」の文字は、きょうもきのうも同じ「ごはん」という文字なのだが、
  それら同じ品々の名前さえ、ときに季節の移ろいのように見えてくる。

  書く、ということは、こういうことか、と思ったりした。



 ●また、「夫婦」とか「家族」とか、そんなことを思ったりして読んだ。
  読みながら、自分の父や母のことを思い出したり、昭和39年から
  昭和51年ころに、自分がどんな暮らしをしていたか、当時のことを
  思ったりした。


   
  母は亡くなる前、日記をつけはじめた。その日記のことや、妻が家計簿を
  つけていた大学ノートの隅に、日記みたいなものを書きこんでいたことなど
  思い出した。



 ●それから、読みながら、私は近ごろ父よりも、一昨年の暮れに亡くなった
  母方の叔父に似てきたような気になった。

  その叔父は、法事かなにかの用事で私のところに電話してくると、
  まず、必ず「機嫌ええけ?」とこちらの様子を聞いた。

  そのとき、私はどんな答え方をしたのだろうかと、今、思う。


  いまなら「身心快楽」、はっきり「機嫌ええで!」と答えられると思うのだ。
  

0 2

コメント

mixiユーザー

ログインしてコメントを確認・投稿する