■身心快楽(62)
●６月２６日(金) 晴れ きょうも真夏日か？
きのうの神戸の正式な最高気温は２９度のようで
真夏日、一歩手前らしい。
きょうも暑かったようだ。
しかし私は、日中、外に出るのは昼メシのときと
銀行に振り込みか記帳で行くときくらいで
巡回では、直接陽にあたることはない。
職場のあるこのあたりはビルの陰になっており、
ビル風が吹くと、やや湿気を帯びた風は
皮膚にじめじめするというより、ひんやりとした感じがする。
だから、まだ本格的な夏到来という感じではない。
とくに家に帰ってくると、坂を登ってきたあとは
ふぅっーと一息入れて、窓を全開にすれば
パンツとランニングだけで十分涼しい。
きょうだって、しばらくしたら窓をしめないと
寒いような感じだった。 この感じが続く間は
まだ梅雨型の気圧配置なんだろうと思う。
●「富士日記」昭和四十六年 拾遺��
昭和四十六年の「夏休み」も、もう終わりに近い。
百合子さんは、その残りの数日、やや長めの「日記」を書いている。
これも、もう全文書き写すことにした。
▼八月四日(水) くもり、風つよし
朝 ごはん、ひらめ煮付、味噌汁。
昼 とうもろこし粉を入れたふかしパン、野菜ととりのスープ、トマト、
ベーコンエッグ。
夜 ごはん(味つけごはん)、かます干物、ひじきとなまりの煮たの、茄子しぎ焼、
みょうが汁、はんぺんつけ焼。
台風十九号が九州に上陸。風が吹く。時々晴れたり、雨がぱらついたりする。
管理所で。みょうが一袋、きゅうり二本、トマト五個、にんにく一個、マヨネーズ
合計六百円。
買物をしていると、白髪まじりの小柄の奥さんが寄ってくる。小声で、
「奥様。熊の方は、その後どんな風でしょうか」とたずねられる。
奥さんは「前に、大きなサルが歩いているのをここでみかけたことがある」と
教えてくれた。散歩しているような恰好だったそうだ。
タマ、暗くなって大急ぎで家に入ってくる。いつもより急ぎ足なのは、もぐらを
くわえてきて、みせたかったからだ。もぐらは、この前のより成長して
倍ほど大きくなっているが、毛並みはまだ子供らしくビロードのようだ。
ビロードの色は真黒から薄墨色に、もぐららしく変わってきている。
前足もこの前のよりずっと大きく、水かきがついているみたいに
ひろがっている。
主人は「タマ。お利口さん、ああ、つよいつよい。えらいねえ。そうかそうか。
見せてくれるのか」と、しきりに猫に話しかける。
そして私に「こういうときは、ほめてやらなくちゃならんぞ。もぐらを
とりあげて捨てたり叱ったりしちゃあいかんぞ。猫がヘンな性格になるからな。
いじけるからな」と言ってきかせる。
私も「タマ、よく見せにきてくれたね。ありがとさん。そうか。お前はつよいね」と、
真似してほめた。
今日のもぐらは丈夫らしく、いつまでも動いているので、タマは満足して
遊んでいる。やがて動かなくなると、ふしぎそうにみつめて、放り上げては
バスケットボールをしているようにいじっていたが、ふいと飽きて、
箱に入ってねてしまう。
夜、湿っぽい霧が、ぐったりと降りてくる。空はうす赤い紫色。
下の原の家に灯りがついている。大きな大きなくしゃみを、そこの家にきている
男がした。
畑のけしに蕾が一つついた。葉にも蕾にも毛が生えている。
かぼちゃにも一つ実が大きくなってきている。かぼちゃは朝早くから
花を開いている。かぼちゃの花を見ると、灯りがついているような気が
いつもする。かぼちゃの花にもスゴい毛が生えている。
「黒い雨」を読む。涙が出て、それから笑う。
●タマは百合子さんの分身のように思う。
泰淳はタマにいう。「タマ。お利口さん、ああ、つよいつよい。えらいねえ。
そうかそうか。見せてくれるのか」と。
そして、百合子さんに諭す。「こういうときは、ほめてやらなくちゃならんぞ。
もぐらをとりあげて捨てたり叱ったりしちゃいかんぞ。猫がヘンな性格に
なるからな。いじけるからな」と。
猫の自分にいわれているのだが、人間の私にゆうときとは、ちょっとちがうな、
と思う。
それで真似して、私も猫の私に向って、「タマ、よく見せにきてくれたね。
ありがとさん。そうか。お前はつよいね」と言ってみる。
そんな風にして、百合子さんは遊んでいるように、私には見えてしまう。
●だいたい、女の人は男がたれるこの手の講釈に、ことの真偽はわからないでも
何となく胡散臭いと思っているのではないか。まあ、そう言うのだから
そうゆうことにしておこう・・、と思っているのではないか。「男は講釈たれるのが
好きな動物なんだ、きっと」。そう思うと、「亭主が好きな赤烏帽子」も
なんとなく許せたり、男がアホみたいに見え、まあ度が過ぎなければ子供ぽっく
可愛く思えたりする・・・、というような心理でいるのではないかと、
想像する。
しかし、夜、下に見える家に灯りがついていて、そこに来ていた男の、妙にリアリティある
存在であることか。
そして、そのことからどうして、翻ってわざわざ、日中に見た芥子やかぼちゃを
思い出したりするのだろう。
芥子には葉にも蕾にも毛が生えている。
かぼちゃの花を見ると灯りがつているような気がいつもする。
かぼちゃの花にもスゴイ毛が生えている。
百合子さんの深層心理の、これら一連のつながりをどう解釈したらいいのか
私にはわからない。 私なんかは即物的に、裸電気に照らされたパンツ一枚の
男が部屋の中を動いていて、動くと男の影も動き、頭や顔は見えないが
パンツから出ている脚のすね毛が黒々としている・・、といった光景が浮かんでしまう。
まぁ、どうでもいいことを想像したが、
百合子さんは、『黒い雨』を読んで、涙が出て、それから笑った・・
ということ。
●日付が変わった。
あしたは休みなので、もうすこし「日記」の続きを書いてみようと
思っている。
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