■身心快楽(47)
●６月１４日(日) 続
やっぱり梅雨に入っているのだろう。
窓をあけていると夜風がしっとりとしていて
半袖のシャツでは肌にひんやり感じられる。
夜空にはうすく雲がかかっているかして
きょうは、月も星も見えない。
横尾山の東端から高取山までのあいだの空には
ぼんやりとした薄雲が、神戸の街のネオンや明かりで
ほんのりとした桃色に染められ、そのあたりだけが
闇の中で色づいている。
●「富士日記」昭和四十六年 拾遺��
�� 4/6 〜 4/7
▼四月六日(火) 快晴
東京は、今日あたりが丁度桜の満開。赤坂のアパートの庭の桜も、花が全部
開ききった。食堂からも寝室からも見える。朝の桜も昼の桜も夜の桜も、
見て暮した。気が済んだ。
前九時出る。中央道沿線の畑には麦が出ている。菜の花が咲いている。
談合坂食堂で、カレーライス(主人)、サンドイッチ(私)を食べる。
富士山は五合目まで真白。昨日あたり新しく雪が積った様子だ。
山には雪が全く残っていない。庭の日陰や窪地にも雪はない。隣りの人の話では、
今年は雪が少なかったという。
梅の蕾は赤くふくらんで、あと二、三日で開きそうだ。今年は一本の木に
数えきれない蕾がついている。今年からは数えないことにした。
深沢さんにも「梅が咲いた」と知らせないことにした。
●「隣りの人の話では、今年は雪が少なかったという」とあるから、
この年１月２日に山に来てから、おそらくこれが第２回目の「山行き」だろう。
３か月ぶりの山だ。
春の東京の「桜」は満開である。「食堂からも寝室からも眺め」「朝の桜も昼の桜も
夜の桜も」全部「見て暮した」、そして「気が済んだ」。
「見るべきほどのことは見つ」、そうして「気が済んだ」と思えるように逝きたい。
「見果てぬ夢」もあるにはあろうが、それも含めて「気が済んだ」と言ってみたい。
梅の苗木を深沢七郎さんの弟・貞造さんからもらったのは昭和４０年３月の
３１日だった。去年はうす桃色の花がつぎづきに開き５月３日、深沢さんに
「梅が咲いた」と葉書を書いた。
▼四月七日(水) くもり時々風つよし
昨日もうぐいすが啼いていた。今日も朝から啼く。風がつよい。ドアが何度も
風であいて眼がさめるので、紐で把手をくくった。
・・・・
●このあと、この日の日記に百合子さんは昨夜見た「角間温泉の越後屋」に泊まった
夢の話を書いている。
客がいっばいで、廊下にも階段にも満員電車のように詰め込まれ、泰淳と
それに一緒に来ていた竹内好が客に押されてか、ずっと奥の方へいってしまう。
百合子さんがそっちに行こうとしても大勢の客が邪魔してそこまで行けない。
二階で、誰だか知っているけど名前を思い出せない人のお葬式をしているので、
そのことを二人に知らせなければと、もがいて二人のところに行こうとするのだが
なかなか行けない。そんな夢を見た、と書いている。いま読めば、ぞっとするほど
暗示的な夢である。
その前の日、晩ごはんの時、百合子さんと泰淳は、竹内好も一緒だったロシア旅行の
ときのことを思い出して、笑いあった。それでこんな夢をみたのかもしれない。
・・・知らせなくてはならないのだが、ごちゃごちゃ混んでいて、
そこまで行かれない。そんな夢をみた。
昨夜ごはんのとき、竹内さんとロシア旅行に行ったときの話をして、主人と大笑い
したのだった。
・・・・
あかあかとながい夕焼があった。雲ひとつない。
夜は星が出る。風がやまない。
雪で折れた浄化槽の煙突をつけ直してもらうこと。
●夫婦は、やっぱり大笑いするのがいい。
とくに年とったら・・、そう思う。
そして、百合子さんの「雪で折れた浄化槽の煙突をつけ直してもらうこと」、
備忘も、しっかりしていて、いい。
ログインしてコメントを確認・投稿する